第三の人生を歩み始めて12年  ~4期目を前に~

 3日には4期目の出陣式を迎えます。その日を前に、これまでの私を少し振り返ってみます。

 12年前、初めて、「ふじいりつ子」と書いた重いタスキを肩にかけ、台に上がり、震える思いで、出陣式の挨拶をしました。

 市内の平和通りに面した広い駐車場。朝から多くの人が「りっちゃん、頑張って!」と激励に駆け付けてくださいました。折しも朝からあいにくの雨でしたが、会場には色とりどりの傘の花が開きました。

 あの日から私の第三の人生が始まりました。

 第一の人生は「有吉律子」の時代・・・生まれてから看護師勤務を終えるまで。
 第二の人生は「藤井律子」の時代・・・藤井家に嫁ぎ、藤井の嫁として、真の妻として、3人の子供の母親として、夫を看取るまで。
 第三の人生は「ふじいりつ子」の時代・・・夫の遺志を継いで、県議として再スタートしてから今まで。

 夫が亡くなった時は、本当に苦しい毎日でした。首は雑巾で絞ったような感覚で息も充分できないような状態でした。もちろん、食事ものどを通りませんでした。

 当時、末の娘は高校2年生でしたが、私は食事の支度もできず、どのように娘の世話をし、どうように生きてきたのか、あまり思い出せません。

 しかし、半年ほど過ぎたころから、そんな私に、後援会の方たちが跡を継いで欲しいと言って来られ始めました。

この20数年間、僕たちは、まこちゃん一人を頼ってきた。今更、ほかの議員のところに行くわけにはいかない。律ちゃん、後を頼む

 私は、どうしようかと随分悩みました。私は選挙のことも政治のことも何にも知らない。
 自分にできるだろうか、みんながついてきてくれるだろうか・・・
 考えに考えた結果、私は夫の代わりに、この人たちを守っていかなければならないのだ、これが私に与えられた使命だ、と心に言い聞かせ、そして、決意しました。

 そして一周忌を終えた翌日、私は記者会見をし、「夫の遺志を継ぐ」と伝えました。その日から、半年間、毎日、夫が世話になった人、私の知りあい、地域の人に支援をお願いして歩きました。体力がない分は、気力でカバーしてきました。

 その時に、まず、名刺を1万枚作りました。
「これを1枚ずつ丁寧に渡そう。そうしたら、必ず神様や仏様が思いを繋いでくださるだろう」
と思い行動しました。おかげさまで9,848票の得票を頂き、議員の席に押し上げていただきました。

 あの日から12年間、毎日一生懸命走り続けました。おかげさまで体力もつき、年間の休日は5~7日間というハードスケジュールですが、元気に暮らせることに感謝の日々です。

 4回目の出陣式では、初心に帰って、人のお役にたてるよう、また、県勢発展のために頑張ることを、皆様にお約束したいと思っています。
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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