「大田・絵堂の戦いを検証しよう会」の講演会に参加して

「ヒゲの隊長」さんのお話。 6月15日、美祢市美東町の美東センターで、「大田・絵堂の戦いを検証しよう会」主催の講演会が開催されました。講師はヒゲの隊長、佐藤正久参議院議員

 この地区は、来年150周年を迎える「大田・絵堂の戦い」があった所です。これまでも、実行委員会形式で、毎年、歴史講演会を開催し、「大田・絵堂の戦い」を検証してこられましたが、今回で最終回となるそうです。

 「大田・絵堂の戦い」とは、1865年(慶応元年)正月、幕府従順派の「萩政府軍」と、高杉晋作らが率いる「諸隊」との戦いで、明治維新の発祥となった戦いだと言われています。

 佐藤先生は、この戦いや明治維新のことをベースに、3.11の時、現場で自分の命を犠牲にしながら頑張り抜かれた首長、行政マン、自衛隊、医師、母親などを例に、リーダーのなすべきことを、わかりやすくお話してくださいました。

* リーダーにはぶれない軸と、自分の犠牲を払ってでも皆を守り抜く覚悟が必要である。
* この地は今まで災害がなかったから、今年も大丈夫などと言うことはない。
* 生命を守るのが政治の仕事
* 家族を愛せない・守れない者は、会社や地域・国を愛せないし、守れない。


 また、これからの日本の国は、近隣諸国といかにつきあっていくべきか、集団的自衛権についてなど、自衛隊の経験を基に、詳しくお話くださいました。

 とても意義のある講演会でした。

***参考***

 蛤御門の変で大敗して「朝敵」と言う烙印を押された長州藩が、幕府の出す条件を唯々諾々とのんでいることに危機感を募らせた高杉晋作は、下関の功山寺で決起します。
 やがて、奇兵隊などの諸隊もこれに呼応し、美祢市の伊佐に移動を始めます。そこで、これを鎮圧しようとした 幕府軍と対峙し、遂に1月6日夜半、諸隊側の奇襲で戦闘が始まりました。
 10日間にわたる交戦の結果、諸隊が勝ち、藩主・毛利敬親は幕府従順派をしりぞけ、幕府軍に対抗するため大村益次郎を登用し、慶応の軍政改革に着手します。
 次いで、第二次長州征伐に長州側が勝利することで、幕府の弱体ぶりが露見し、時代は明治維新へと一気に突き進んでいきます。(当日配布の資料より)
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

リンク
カウンター
検索フォーム
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ