周南市戦没者遺族大会②

涙が止まらない朗読でした。 第一部の式典の中で、富田婦人部長の大嶋幸子さんによる「涙魂(るいこん)」の朗読がありました。「涙魂」は戦争でご主人を亡くされた方の体験をつづった手記集で、とてもぶ厚い本です。

 朗読の前に、まず大嶋さんから説明がありました。

 「この原稿を書かれたのは村上公子(まさこ)さんという現在94歳の方です。戦争未亡人の体験を書いてほしいという依頼が来た時に、戦後を切り抜けた自分の人生も大変だったけれど、友人でもある同じ富田遺族会の山崎クラさんの方が、より痛ましい、壮絶な体験をお持ちだし、いつもお話を聞いているからと、山崎さんに代わって書かれたものです

 原稿を書かれた村上さんも会場にお見えになっており、指名を受けると、すっと席を立ち、お年を感じさせないお姿で、今の気持ちを話され、感動しました。


 朗読は、涙なくして聞く事ができないものでした。

 許可をいただきましたので、全文をご紹介します。


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戦争の思い出


 昭和18年9月。第2回目の応召で長男が出征のあと、私たち夫婦と娘2人、共に農業に励んでいた。

 19年4月24日。突然、夫が脳溢血で倒れ、その日のうちに死亡する。残る娘2人を頼りに、悲しむ間もなく食糧増産のためにがむしゃらに働き続けた。

 だんだんと戦火もこの地に近づき、毎日のように敵機来襲の警報有りの連続。

 長女は当時23歳。徳山燃料廠に勤務。

 昭和20年5月10日。この日も元気に出勤。午後、徳山奈切方面に大空襲。言うまでもなく、燃料廠も大破壊。空を突くような黒煙がもうもうと立ち上る。夕方になっても帰らぬ娘に、まさかという思いと、胸騒ぎが交錯した、眠れぬ一夜を明かす。

 翌朝、見知らぬ男の人が我が家に来られ、
「山崎さん宅はこちらですか?お宅の娘さん、昨日の爆撃により防空壕の中で亡くなられました。確認し、連れて帰ってください。」
 唖然とする他はない。末娘や親戚のものを連れて5km離れた燃料廠へ大八車をガラガラ引きながら、現地に急行。

 娘が「お母ちゃん、まるで気でも狂ったような」と言う。
 「なんのかんのあるものかい。頼りにしていた姉ちゃんが死んでしもうて。情けない!」
 気も転倒。急ぐ思い。もつれる足取り。

 現地についてみれば、黒焦げの焼死体がいくつも並んでいる。その遺体に取りすがり、「お父ちゃーん」と泣きじゃくる子供連れの女の人、肉親を捜すあの人この人、そんな中から荒板で作った箱に入れられ、あまりにも変わり果てた娘の遺体をやっとの思いで見つけ、大八車にのせ、引っ張って帰る。

 時折空襲警報のある中で、近所の方々のお手伝いを受け、簡単な葬式を済ます。

 悲しんでいる間もなく、度重なる空襲警報。19歳の末娘と共に、防空壕に何度出入りしたことか。


続く・・・
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ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
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