見藤隆子先生を偲ぶ会

見藤先生を偲ぶ会にて。 日本看護連盟の第8代・第10代会長であり、日本看護協会第9代会長見藤隆子先生が昨年の11月20日にお亡くなりになられました。

 そこで去る4月17日に「見藤隆子先生を偲ぶ会」が東京プリンスホテルで開催され、先生を慕って、全国から400名近くの方が参加されました。

 私が県議になった翌年の平成16年に、見藤先生は看護連盟第10代の会長になられました。以来、
全国で看護連盟に所属する県議はあなた一人よ。やりたいことは迷わずにどんどんやってください。頑張ってね!
といつも励まして頂いておりました。

 厳しさの中にも温かみのある方でした。看護界のトップリーダーとして、決断力に優れ、常に新しいことにチャレンジしながら、看護学の真髄を守り抜いてこられた方です。多くの皆さんから、とても尊敬されておられました。

皇后陛下からお供えされた花かごです。  この「偲ぶ会」には、なんと、皇后陛下のご臨席を賜りました。みんな驚くと共に、看護界に温かい御心をお寄せくださる皇后陛下に感激しておりました。

 ご遺族や役員の皆さんと一緒のテーブルにお座りになり、歓談をされておられました。その優しいお姿を隣のテーブルから拝見させていただきましたし、さらに、お帰りの際には、私の目を見て
ごきげんよう
と微笑んでくださり、胸がいっぱいになりました。 

 見藤先生は、いつも皇后陛下を敬愛されていらっしゃいましたので、ご臨席は最高の贈り物であったと思います。ご遺影の笑顔はいつも以上に素敵でした。

 その遺影の前で数名の代表者の方が「送る言葉」をお話になりました。その中に、
「先生はすい臓がんであったため、最期は自ら緩和ケア病棟に入られた。その時に、『やることは全てやってきたから、少し甘えてもいいかしら』」と言われた。その12日後に亡くなられた・・・」
という先生の最期についてのお話がありました。

 看護師の社会的地位の向上や、看護教育の充実のための道を切り開くために、決して人に甘えることのなかった人生であったのでしょう。

 最期に「甘える」ことができたとすれば、何よりであったと思いながら、先生の見事な生き方・人生の閉じ方に感服をいたしました。心よりご冥福をお祈りいたします。


***参考 見藤隆子先生について***

 見藤先生は、昭和32年に東京大学医学部衛生看護学科の1回生としてご卒業後、全国の大学で講師、また教授として、看護学生の教育に当たられました。

 中でも、千葉大学では看護職初の国立大学看護学部の学部長を務められ、長野県看護大学では初代学長も務められるなど、看護教育界の発展に全力で活動をされた方です。

 また、日本看護協会の会長としては、准看護師養成停止にご尽力されました。また、訪問看護の財団を立ち上げられ、在宅ケアの先駆けとしてご活躍されました。さらに、阪神淡路大震災以降、看護師の災害ボランティア派遣など、数々の看護政策にご尽力をされました。

 平成15年には、これらの活動から、名誉あるフローレンス・ナイチンゲール記章を受章されました。
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ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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