速報!ビッグニュース!

 3月25日~29日、富山県氷見市において、「第9回春の全国中学生ハンドボール選手権大会」が開催されました。

 この大会は、毎年、氷見市で開催され、各都道府県代表の1チームが参加し、熱い戦いが繰り広げられます。

 山口県からは男子・女子共に、岩国市立平田中学校が出場しました。男子は2年ぶり2回目。女子は3年連続3回目の出場であり、昨年は準優勝でした。

 そして、熱戦の結果、男子・女子共に、岩国市立平田中学校が優勝しました!

 初の優勝であり、さらに、見事、アベック優勝です!快挙と言う他、言葉は見つかりません。おめでとうございます!

 嬉しくて飛び上がりそうです!このブログを読んでくださっている皆様にまずお届けします!山口県ハンドボール協会にとっても、とても嬉しい春の到来です!


出光興産徳山製油所の石油精製に歴史の幕が下りました

出光興産徳山製油所 周南市にあります出光興産徳山製油所1957年(S32)に出光興産初の製油所として建設され、操業が開始されました。

 製油所では、大型タンカーで運んできた原油を精製してナフサ、ガソリン、ジェット燃料、灯油、軽油、重油などを作って出荷し、ナフサはエチレンなどの原料として隣接の徳山工場で使ってこられました。

 原油を運んできたタンカーは原油タンクがある大浦地区から2キロほど沖の海上桟橋に停泊してパイプラインでタンクに荷揚げされますが、操業から現在まで57年間に入港した原油タンカーは約1,500隻で、受け入れた原油量は2億9,700万キロリットルになるそうです。

 しかし、燃料油の需要低迷などの背景からか、同社は2011年11月、「2014年3月で原油精製をやめる」と発表されました。

 『海賊とよばれた男』(百田尚樹著)でも有名になりましたが、出光佐三さんは戦後10年経った昭和31年、荒れ果て廃墟になっていた旧海軍燃料廠跡地に2年はかかると言われていた製油所建設を10か月で完成させました。以来、「市民と共に」操業されてきた出光興産です。

 徳山を代表するコンビナート企業ですので、私ども市民はこのニュースを聞いて、大きなショックを受けました。

 そして、去る3月8日、アラブ首長国連邦から原油を運んできたタンカー「TOWADA」(30万5,000トン)が徳山湾に入港しました。

 この便が最終船となるため、船上で記念の感謝セレモニーが開催され、前沢所長は
「最終船の入港は出光徳山にとって歴史的転換点の1つだが、我々は新しいことに挑戦するDNAを持っている。今回の転換点を我々にとってのチャンスとしたい」
と挨拶されたそうです。

 その後、精製業務は継続して行われていましたが、3月14日未明に発生した伊予灘を震源とする地震で、製油所の心臓部といわれる常圧蒸留装置(高さ47m)などが緊急停止しました。

 設備に被害はありませんでしたが、25日に
「停止していた原油精製の関連装置を再稼働させるには時間がかかり、31日までの操業日数も限られているため、再稼働を断念する」という決定をされました。

 予定よりも早く、半世紀以上続いた精製の歴史に幕を下ろすことになったことは、実に寂しい限りです。

 今後は製油所と工場を統合して名称を「出光興産徳山事業所」と変更し、石油製品の配送拠点としての機能を存続、工場は輸入ナフサなどを使って操業を続けられると聞いています。


3月定例会が閉会しました

 県議会3月定例会は3月20日、総額6,533億400万円の2014年度一般会計当初予算案など66議案を可決し、閉会しました。

 今回の総務委員会での私の質問は
当初予算案(公共事業)について

 今回の骨格予算では、公共事業関係費を、補助事業も単独事業も、対前年度50%とされている。知事の議案説明では、「年度当初からの事業執行に支障を来さないよう、所要額を計上した」とのことであった。
 そこで、この50%の計上や、予算措置された内容についての考え方はどのようになっているのか。細かい内容についての所管は土木や農林であると思うが、予算措置の考え方をお示しいただきたい。

当初予算案(肉付け予算)の一般財源について

 今回の骨格予算においては、歳入予算は通常通り、年間見込み額を全額計上されている。
 今後、知事は、新規事業や政策的な判断を要する経費について追加予算措置を行うと言われている。
 公共事業であれば、通常、国庫補助金や県債で財源は賄われると思う。
 しかし、独自に取り組まれる単県事業などは一般財源が必要と思う。どのような財源を想定しておられるのか?また、それはどのくらい活用できる額があるのか?
 村岡新知事に対して、県民も大きな期待をしているし、村岡カラーを出していくための貴重な財源なので、十分にご検討の上、有効的な活用をして頂きたい。

職員のメンタルヘルス対策

 県庁職員の中でうつ病などの精神疾患に苦しんでいる人が多いと聞く。長期に休んでいる人はどのくらいいるのか。また、その中で精神疾患が原因の人はどのくらいいるのか。
 精神疾患を患う原因はどのように分析しているのか?
 新理事は活力みなぎる山口県の実現を目指しておられるが、県職員も元気に仕事ができてこそ、組織も活性化し、職員が一丸となって取り組むことができると思う。メンタルヘルス対策にどのように取り組まれているのか伺う。

 なお、今回、議員より、県議会の議員定数を49から47に削減することが議案として提出され、可決・決定しました。次期選挙より、下関市と宇部市選挙区の定員が1人ずつ減員されます。

卒業式のシーズンです③

 保育園の卒園式が終わった後、園長先生の部屋で来賓の皆さんと話しをしました。

 特に、先のブログに書きました障害のある園児とお母さんの素晴らしい姿について、皆さんから「感動した」という声がたくさん出ました。

 その際に、私は皆さんに私の経験を伝えました。

2004年の記念キャンプにて。 「私がガールスカウトのリーダーとして小学1年生から大人になるまで担当をしていた裕子ちゃんは、障害がありました(知的)。

 私の夫の葬儀の時、裕子ちゃんは中学1年生でした。式が終わり、最後のお別れのご挨拶の時、彼女はお母さんと妹と一緒に、大勢の人の最前列に立っていました。

 誰も一歩も動けないシーンとした状況の中、裕子ちゃんは、夫の遺影を抱き泣いている私を見ると、スッと、4-5歩前に進み、
「リーダー、ええ子じゃねえ。ええ子じゃねえ」
と言いながら、私の頭を撫でてくれました。

 私は驚きましたが、その優しい声と、頭を撫でてくれた手の温もりがとても嬉しく、今もその感覚が私の頭髪に残っています」

 成人式を迎えた裕子ちゃん2009-01-14

 この話を聞かれた来賓の皆さんは、
きっと、誰も真似ができない程の優しさを持っているんだろうね
とおっしゃっていました。

 人はそれぞれに持っているものが違います。その能力の大きさは単なる通知表や成績表では表せません。裕子ちゃんも保育園の女の子も、「人を癒す」と言う大きな能力を持っています。現代社会には欠かせない人であろうと思います。

 この卒園式も、この女の子のおかげで、とても意義ある素晴らしい式になりました。

卒業式のシーズンです②

周南市立櫛浜保育園

 この保育園には、我が家の3人の子供も通わせていただきました。とても思い出の深い保育園です。

 今年の卒園生は25名。いつもの制服とは違い、女児は白いブラウスに紺色のスカート、男児はカッターに半ズボンという、落ち着いた服装に身を包み、緊張して式に臨んでいました。

 まず、一人ずつ入場し、みんなの前で、
「私は〇〇です。大きくなったら、△△になりたいです」
と、大きな声で、名前と将来なりたい夢を発表します。

 その態度も堂々としていますし、将来の夢も、新幹線の運転手、漫画家、看護師、保育士など、具体的な職業をあげることができ、驚きました。

 その後、園長先生から、一人ずつに保育証書が授与されます。保育期間が一番長い園児は6年5か月でした。この園児は生後4か月から保育園に預けられたそうで、小学校の6年間より長い間、保育園に通っていた訳です。働くお母さんの大変さを垣間見る思いがしました。

 また、卒園生の中に障害のある(ダウン症)一人の女の子がいました。この子は自分では、名前や将来の夢を言うことが難しいので、後ろで担任の先生が代弁されました。
「私は〇〇です。大きくなったら、太陽のような人になりたいです!

 そして、この女の子に園長先生が
「5年間、保育したことを証します」
と言って、保育証書を渡されると、きちんと両手で受け取り、笑顔で
「ありがとうございます!」
とお礼を言い、後ろに立っておられるお母さんの所にその証書を持って行き、
おかあさん、ありがとうございます
と手渡しました。

 その途端、お母さんは、張りつめていた糸が切れたかのように泣き始め、その子を抱きかかえられました

 すると、女の子はお母さんの頭を「いい子いい子」と何度も撫でました

 その様子を見ていた先生方も来賓も保護者は、もらい泣きをしました。この子の優しさ・素晴らしさに、全員感動の涙です。


御卒園おめでとうございます! 先生方から、
「本当に太陽のような子です!」
と聞いていましたが、この子がいたおかげで、他の園児たちも優しい子に育ったそうです。

 また、卒園文集のこの子の欄に目を向けると
「ママのところに生まれてきてくれてありがとう」
というお母さんからのメッセージがあり、更に涙があふれました。さまざまなご苦労もあろうかと思いますが、親子の愛情の深さに感動しました。

 この女の子は、4月から総合支援学校に通われるそうです。これからもたくさんの友達をつくって、元気に育って欲しいと思います。

卒業式のシーズンです①

 卒業式のシーズンです。

 毎年、県議として県立高校・小学校・中学校・県立総合支援学校・市立保育園・私立幼稚園などに、行かせていただいております。


県立新南陽高等学校
 
 昭和55年「旧新南陽市に進学を目指す普通科学校を」との地域の人々の熱い思いが結集し、開校。

 創立34年のエネルギッシュな学校です。校内に入った途端に目に入ったのは、生徒の皆さんの明るく元気の良い挨拶や礼儀正しい態度です。驚きました!
 山岳女子をはじめとする部活動や多彩な学校行事に力点をおき、諸活動を通じて確かな学力と豊かな人間力の向上を目指しておられます。

 今年の卒業生は、3.11の直後に入学された皆さんです。いろいろな思いが交錯する卒業式に、議長代理で出席しました。


周南市立太華中学校
 
 昨年の卒業式は、少々、目に余る行動をする生徒がおり、地域の住民としても、県議としても、いろいろ考えさせられる日でした。

 「今年も、また同じようなことになるのだろうか・・・」
 そんな不安を抱えながら式場に入りました。89名の卒業生は姿勢も行儀もよく、式典に真摯に取り組んでおられました。私の懸念とは違って素晴らしい卒業式をみせていただき、本当にホッとしました。

 きっと先生方にはこの間、色々なご苦労があったことと思います。これからも、生徒の皆さんが、将来に大きな夢を描きながら目標に向かって進んで行けるよう、しっかり見守っていただきたいと思います。


議長代理として祝辞を代読いたしました。県立周南総合支援学校

 議長代理として出席させていただき、祝辞を代読しました。

 森山校長先生は、私の高校時代の同級生。この2年間、生徒数が大幅に増加するという課題の中、給食室の整備など、様々なことに取り組んでこられました。

 小学部・中学部・高等部合同の卒業式ですが、高等部の方の答辞には、出席者一同、感動の涙が溢れました。

 障害がある彼らを育て、教育していくには、想像以上のご苦労があると推察されます。

森山校長先生と一緒に。 親御さんはもちろんの事、先生方にとっても、卒業式という大きな節目の日を迎えられ、感慨もひとしおであったと思います。


 続く・・・




勇気ある高校生の行動

 いつもお世話になっています山口県桜ヶ丘高校の辻岡校長先生から、嬉しいご報告をいただきましたのでご紹介します。


 岩国市周東町で、農作業で枯れ草を燃やしていた火が、風にあおられ、周りの山に広がり、火事になったそうです。

 この時、たまたま近くにいたのが桜ヶ丘高校1年生のS君。

 「火事だ~!」の声を聞きつけた彼は、すぐに、近くにいた小学生の子と一緒に現場に駆けつけ、50m位離れた川に飛び込み、全身ずぶ濡れになりながら、バケツリレーで消火にあたったそうです。

 最終的には消防団によって鎮火しましたが、初期消火の対応のおかげで、被害は最小限にくいとめられたそうです。



 「火事は最初の5分が肝要!」と言います。

 高校生の若い力で対応してくださったからこそ、このくらいの火事で収まったのだと思います。S君と小学生の男の子の勇気ある行動に拍手を贈ります!

2つの野球大会のリーグ戦が開幕しました

始球式にて。ピッチャーは高村正大さん。 春の訪れと共に、今年も「サンデー早朝野球連盟」と「周南ベースボールクラブ」のリーグ戦が開幕しました。年間の試合日程は既に組まれていますので、各チームは優勝目指して秋の閉会式まで頑張られます。

 その初日、野球を愛するメンバーたちが集まり、16日の朝、それぞれの開会式を開催しました。

 私が会長を拝命しています「サンデー早朝野球連盟」には17チームが所属。名前の通り、日曜日の早朝、試合をします。開会式の前にも6試合が行われました。今年が第29回大会です。

 「周南ベースボールクラブ」には13チームが所属。日曜日の朝から夕方にかけて試合をします。今年は第39回大会。私は名誉会長を仰せつかっています。

選手宣誓。 両大会の役員さんと、「来年は、記念大会をしなければ・・・」と話しました。


 男性の皆さんが多数集まられると、実に頼もしく、大きな力を感じます。

 ぜひ、この力を地域づくりの進展のためにお貸しいただきたいと思いますが、まずは、ケガをしないように頑張ってくださいね。

4人目の孫のお宮参りと初節句のお祝い会

4人目の孫を抱いて。 私事ですが・・・

 昨年末、我が家の長男夫婦に授かった次女はおかげさまで元気にすくすくと成長しています。

 生後2か月を過ぎると、相手の目を見て「語る」ようになります。私もおばあちゃんとして、この孫の顔を覗き込みながら「うんうん、そうかねえ~!」と声をかけます。すると、孫は、唇を突き出すようにして、一生懸命「うー、うー」と答えます。

 以前、私が子育てをしていた頃は、この反応は生後3か月位からだったように記憶していますが、最近は成長が早いのでしょうか。

遠石八幡宮にごあいさつ。 去る3月1日、赤ちゃんの誕生と健やかな成長を願い、遠石八幡宮へ親戚一同でお宮参りに出かけました。

 一般的に男の子は生後31日や32日、女の子は32日や33日に行われると聞いていますが、先日から県知事選で忙しくしていたことや、寒波の襲来に、小さな子に風邪をひかせてはいけないという思いから、結局、生後2カ月を過ぎてのお参りとなりました。

 少し春めいて、暖かくなっては来たというものの、ひんやりとしたご本殿で、いつもお世話になっています黒神禰宜さんに祝詞をあげていただきました。 

みんなでお宮の前で集合。大家族になってきました。 長男のお嫁さんのご両親や、私の次女、また、長女も子どもを連れて参加してくれましたので、大人数のお参りとなりました。 

 その後、初節句も併せてお祝い会をしました。私にとって、4人の孫が全員揃ったお祝い会です。みんな元気に育っており、嬉しい限りです。



櫛浜久米線が全線開通します②

平成9年4月の開通式にて。テープカットの左から2番目が真です。 
( 櫛浜久米線が全線開通します① 続き)

 平成15年、私が県議になった当時は、久米地区において区画整理事業として、少しずつ民家の移転が進められていました。この事業に、地元県議として私なりに関わってきましたので紹介を致します。



 藤井家に嫁いだ昭和54年当時も、新しい道路をつくるという声は既に上がっていましたし、夫が県議の時にも(昭和58年~平成13年)、計画、設計、移転が少しずつ進んでおりました。

平成9年の開通式にて。大きなイベントが行われました。先頭のメジャーバトンが当時小6の次女。 平成9年4月、櫛浜郵便局から北へ櫛浜・久米線が延び、供用開始された時に大々的に開通式が行われました。小学6年生だった次女は、櫛浜小の金管バンドの指揮者として地元の三世代同居のご家族の皆さんや、県議である父親と一緒に歩かせていただきました。 


 そして私が県議になって2年後の平成17年、久米地区の藤井市議さんから、
「りっちゃん、立ち退きにあまり積極的でない家があるから、一緒に話に行ってくれないだろうか」
と、依頼がありました。

 その方とお会いした時に、
「反対しているわけではないよ。遅々として進まないし、全体の年次計画が見えないから、きちんと説明して欲しいだけなんだ」
と言われ、事情を説明すると、すぐに了解をしていただき、ありがたく思いました。 

 平成18年、栗屋奈切地区や鼓海地区にある4つの企業団地の新年会に初めてご案内をいただき、直接、皆さんの意見を聞く機会をいただきました。

 この企業団地の会社の方々は、既に、昭和の終わり~平成の初めの頃に、土地を買い求め、新規に事業を展開しておられました。この時、
「徳山東インターまでの道路は、平成の一桁の間に完成するという市の説明を信じて、高くてもこの利便性の良い土地を買い求めてきた。
 しかし、これでは、この先、何十年かかるかわからない。もっと予算を付けて、積極的に計画を進めて欲しい」
と、陳情を受けました。

 そこで、周南市長に陳情に行き、その結果、平成20年度から予算が大幅アップされ、目に見えて、着々と事業が進むようになり、3年前、平成25年度で完成させると発表がありました。

開発区域には、さまざまな店舗・施設が入っており、地域の核となることが期待されます。
 そして市の計画通り工事は進み、この3月20日には完成式典が行われます。本当に嬉しい限りです。あれから毎年ご案内をいただいています栗屋奈切・鼓海等の企業団地の新年会でも皆さんにとても喜ばれていました。

 ご協力をしていただきました皆様に心からお礼申し上げます。

 尚、私も山口へ行く時には、徳山東インターを利用しています。現在10分かかりますが、この道路が開通すれば、5分でインターに行くことができます。
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

リンク
カウンター
検索フォーム
カレンダー
02 | 2014/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ