お知らせ

遠石八幡宮にて いよいよ、明日4月1日は、山口県議会議員選挙の告示日です。

 去る28日、市内の遠石八幡宮にスタッフ一同でお参りに行きました。

 多くの皆様の御支援のおかげで、ここまで体制が整いました事を深く感謝し、9日間、元気に頑張ってまいりたいと思います。

 公職選挙法により、選挙期間中はホームページの更新は禁止されておりますので、しばらくの間、お休みいたします。御了承ください。

やまぐちの美しい里山・海づくり条例が制定されました

パンフレット 私もメンバーでありました「山口県快適環境創造条例(仮称)に関する政策立案等検討会」が1年間に渡って検討を重ね、作り上げた「やまぐちの美しい里山・海づくり条例」が、昨年の11月議会で成立しました。

 先日、この条例のパンフレットが完成し、各議員に配布されました。嬉しいことに、小学生にでもわかるものに仕上がっていました。


 山口県議会では、議員提案による政策条例づくりに取り組んでいますが、これは、3本目の議員提案条例です。
 
 やまぐちの美しい里山・海づくり条例
 http://www.pref.yamaguchi.jp/gyosei/kengikai/html/image/satoyamaumizukurijourei.pdf


 廃棄物の不法投棄、里山における竹繁茂や耕作放棄地の増加、藻場干潟の減少など、本県の里山や海に大きな影響が及んでいるので、「美しい自然や景観をみんなで守っていこう」という気持ちを県民の皆さんに共有していただき、自主的な環境美化・保全活動を実践していただけるよう意識を喚起する内容の条例です。
 
 山口県の美しい自然を次の世代に伝えるために、みんなで守っていきましょう。

歯・口腔の健康づくり推進条例(仮称)の申し出をしました

議長さんに申し入れをしました 去る3月11日、議会最終日に、私は環境福祉委員長として、藤生環境福祉副委員長、大西政調会長と一緒に議長室を訪問致しました。

 これまで自民党では、環境福祉委員会のメンバーが中心となって、「歯と口腔の健康づくり」に関して、検討を重ねてきました。

 その結果、歯と口腔の健康づくりに対する行政や関係者の責務と、県民自らが果たすべき役割を明らかにする政策条例を、議員自ら提案しようという結論に至りました。

 先日、その骨子がまとまりましたので、島田県議会議長さんに「歯・口腔の健康づくり推進条例」(仮称)をつくるための「条例検討組織」を設置していただきたいと申し入れをしました。

 議長さんは、
「県政の課題や県民のニーズをくみとって、施策を積極的に提案していくことは議会にとって、非常に重要な使命であると、いつも考えています。早速、内容を確認し、議会としての対応を検討してまいります」
というお返事をしてくださいました。

 次回、当選した暁には、この条例づくりに全力で取り組みたいと思っています。

戦没者遺族大会に出席して

 周南市遺族会主催の「平成23年戦没者遺族大会」が周南市民館小ホールで開催され、200名あまりの方が出席されました。

 私は、次のように、来賓挨拶をさせていただきました。

 「地震が起こる前まで、最近の日本人の心の有り様が変わってきた。人間性がなくなり、我慢という言葉を忘れ、他人に対する温かい心がなくなったと思っていた。

 そして、ご英霊が今の日本を見られたら、『自分たちは、こんな日本のために、命を投げ打ったのではない!』と、怒られるのではないかと思っていた。

 しかし、地震の後の混乱の中、日本国民は毅然とした態度で、道徳心の在る行動を見せており、世界から『日本はすごい』と、賞賛の声が上がっている。避難生活の中でお互いに助け合っている様子を見ていると、涙が出る。やはり素晴らしい国民性を持っていた。

 私のメールに届いた心温まるお話を、紹介させていただく。

 ①【BBCの報道から】
 地球最悪の地震が、世界で一番地震に対し準備され訓練された国を襲った。犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある。

 ②交通機関がマヒし、夜中に大学から歩いて帰宅していると、とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパンを配っていた。自分にできることを見つけて実践している人に感動し、心が温まった。東京も捨てたもんじゃないな

 ③駅のホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が「寒いから敷け」と言って段ボールをくれた。いつも私達は横目で冷たく見ていたのに。あたたかいです。

 ④コンビニに若いお兄さんたちが軍団でお酒を買いに来た。その中の一人が、レジで
やべえ、オレお酒買うお金しか持ってきてないから募金できん。これ買うのやめるわ
と言って商品を返し、そのお金を全部募金している姿を見た。お友達も続々と募金した。すごく感動した。

 そして、今朝のテレビでは、被曝の危険が高い福島原電の事故現場で放水作業を終えた東京消防庁の3人の方の記者会見が放映されていた。

 本当に過酷な現場だったようで、心底お疲れの様子だった。記者が58歳の総隊長に
「奥様には、何と言って出かけられたのですか?」
という質問をした。すると、
「『今から行くよ』とメールをしたら、『日本の救世主になってください』と一行の返事が返ってきた」
と答えられた。

 夫が、わが身を捨てて救世主になることを望む妻はいない。しかし、『心配している』と言えば、夫の覚悟が鈍るので、こう返事をされたのだろう。

 私も聞きながら涙が出たが、この奥様の気持ちは、遺族会の皆様なら、よくお分かりいただけると思う。

 私たちは、ご英霊のお陰でできた平和で豊かなこの日本の国で、生かさせていただいている。この国を、これからも守り、次の世代に伝えていかなければならない。それが今を生きる私たちの役目だ。

 私たちは素晴らしいDNAを身体にも心にも刻み付けられた日本人だ。今こそ、皆で力を併せて、この難局を乗り切って行こう!

 皆さんの心にこの言葉が届いたようで、
「りっちゃん、その通りだ」
「元気が出たよ。若者も捨てたもんじゃあないね!」
「一緒に頑張ろうね!」
と、嬉しい言葉をたくさんかけていただきました。遺族会の皆さんと心を通わせることができることを、とても嬉しく思います。

開設2周年を迎えた「JA周南直売所熊毛店」

 去る3月6日、市内熊毛の「JA周南直売所熊毛店」が開設2周年を迎えられたことを機に、地域の人たちが集まり、お祝いの会がありました。

 あいにくの雨でしたが、会員さんが捕獲されたイノシシの肉や、地元で取れた野菜を使っての「しし鍋」、会員さんによる「バナナの叩き売り」、餅まきなどの多彩なイベントあり、大勢の人の参加がありました。

上手な節回しで「さあ、買った!」大きな笑い声の中で、バナナをどんどん売りさばいていく地元の笠井さん。 私はバナナの叩き売りを間近に見たことも、自分で買ったことも初めての体験です。大きな笑いの中で、参加者が次々と競り落としていく光景を、楽しませていただきました。










パンは、熊毛北高校の生徒さんと八代加工所のコラボ商品。とてもおいしいです! お店の中には、熊毛北高校の生徒と八代加工所のコラボ商品「ニコニコぱん」や、新鮮で安い野菜や果物などが数多く陳列されており、たくさん購入してきました。




 
 この直売所は、今後「人」と「物」が交流する「道の駅」へと発展していく可能性もあり、地域の核となるよう、住民の大きな期待を担っています。私も地域の発展のため、支援していきたいと思っています。

天皇陛下より励ましのお言葉

 震災被害と福島原発の状況はさらに深刻なものとなり、昨日は、天皇陛下から国民へ励ましのお言葉が下されました。私たち皆が心をひとつにして災害に立ち向かうための縁(よすが)として、お言葉の全文を掲げさせていただきます。

 天皇陛下メッセージ
 
 この度の東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。

 地震や津波による死者の数は日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また、現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。

 現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が、食糧、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。

 そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々(おお)しさに深く胸を打たれています。

 自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内の様々な救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。

 今回、世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き、その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。

 海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆(みな)が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆(みな)が、様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。

 被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。


 新聞によると、「御所は15、16日の計画停電にあわせ、両日とも数時間、自主的に電気のブレーカーを落としている」そうです。私たちも、陛下のお心を自分のものとして、心と力を合わせていきましょう。

 今は被災地への物資供給が最優先です。食糧、燃料、生活必需品の買いだめは控え、多少の不自由は甘受することで被災した方々を支えましょう。

 被災者支援は、個別に行われるとかえって現地の混乱を招くことになります。救援物資提供やボランティアは、各自治体が被災地の要請に応じて取りまとめていますので、まず、都道府県に問い合わせるようにしましょう。

 亡くなられた方々のご冥福と、被災地で寒さと不安に耐えていらっしゃる方々、危険を顧みず任務にあたる方々のご無事を心よりお祈り申し上げます。

東日本大震災発生!

 3月11日に三陸沖を震源に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)は、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録しました。

 津波と火災で多くの被災者が出ている中、12日の東京電力の福島第一原発事故のため、多くの方々に避難指示が発令されました。

 お亡くなりになられました皆さまに心から哀悼の意を表しますと共に、被災されました皆様方にお見舞い申し上げます。

 また、このブログを読んでくださっている方の中にも、お身内の方や、友人・知人などで、行方不明となられている方もいらっしゃるのではないかと思います。一日も早く、再会できますことをお祈りいたしています。

 「私たちにできることから始めました」 とお話されている宮崎会長さん 13日、周南市のホテルで「徳山ライオンズクラブ認証50周年記念式典・祝宴」が開催されました。

 その席上、私が所属している「徳山中央ライオンズクラブ」のメンバーの皆さんが、
「一時も早く、義援金をお持ちしよう!」
と、話がまとまり、早速周南市長さんへアポイントをとり、50万円お届けしました。

 宮崎会長は
「いても立ってもおられない心境です。何かのお役に立てていただければ」
と言いながら、島津周南市長さんへ手渡されました。

 また、私の後援会事務所でも、「義援金に協力してください」という箱を作り、お客さんにご協力のお願いをしています。

 また、タオルやバスタオルを集めることも始めました。

 今、日本では大変な事態が起こっています。こんな時こそ、みんなで支えあい、協力し合って、この難局を切り抜けなければと思っています。

サンデー早朝野球連盟のリーグ戦の開幕式

昨年度優勝の「みなと亭」の選手による宣誓! 去る3月6日、私が会長を仰せつかっている「サンデー早朝野球連盟」の、今年1年間のリーグ戦の開幕式を行いました。

 この連盟は昭和56年に設立され、既に30年を超えています。現在、加盟チーム数は18チーム。年齢的には、若い人もいますが、設立当初からの人もいらっしゃいます。

 監督会議で、1年間の試合のスケジュールを調整し、毎週日曜日の早朝に集まって試合をしていきますが、皆さん、家族や仕事を抱えての参加ですので、試合をこなしていくことは、大変なことだと思います。

 今年は、「おいでませ!山口国体」の年。今、周南市野球場は、電光掲示盤などの工事を国体までにと急ピッチで進められています。

 開会式で、募金活動にご協力を頂いたお礼を申し上げ、「8月20日には、リニューアルした球場でオープニングセレモニーをするのでお楽しみに」と付け加えました。

 始球式は、来賓としてお越しいただいた周南市長さんに、ピッチャーマウンドに立っていただきました。

 剛速球で、バッターボックスの私は、思いっきり空振り!周りから、大きな拍手と、「さすがー!」という歓声が起こりました。
 
 皆さんには、元気に明るく、1年間、野球を楽しんで欲しいと思います。また、その力を街づくりに貸して欲しいと願っています。

卒業式に思う

 去る1日、県立熊毛北高校の卒業式に、議長代理として出席をし、祝辞を代読させていただきました。

 普通科ライフデザイン科の2つのコース、合計70名の生徒の皆さんが卒業されました。その内、男子はわずか3名でした(2年生3名・1年生2名)。

 ライフデザイン科では、2年次から各自の興味・関心に応じて、服飾デザインコースと、食物文化コースに分かれて学習しています。

 広い体育館には、緊張感のある凛とした空気が漂い、とても厳粛な卒業式が執り行われました。

 ところで、一昔前まで、卒業式の定番曲といえば「仰げば尊し」でした

 卒業生の代表が答辞を読み、それが終わる頃に

 ♪仰げば尊し わが師の恩
  教えの庭にも はや幾歳。
  思えばいと疾し この年月
  今こそ別れめ いざさらば


 と卒業生が涙を浮かべながら歌う光景は、傍にいる者の涙を誘います。会場が一体になる感じがしますし、私はとてもこの歌が好きです。
 しかし、最近は、歌詞の内容が今の教師と生徒との関係にそぐわないし、難しい表現があるという理由から、他の曲を選ぶ学校が多いようです。

 熊毛北高校でも、やはり「旅立ちの日に」が選ばれていました。

 しかし、時代が変わったとはいえ、師への恩すら意識させずに子どもを巣立たせる学校教育が、はたして、社会から望まれているのでしょうか。また、歌っても2番を省略する学校もあるそうです。

 ♪互いに睦し 日頃の恩
  別るる後にも、やよ忘るな
  身を立て名をあげ やよ励めよ
  今こそ別れめ、いざさらば♪

  「身をたて名をあげ、やよ励めよ」という表現が、現在にそぐわないという理由のようです。

 しかし、「社会や組織で認められる人になろう」という努力を、否定的にとらえようとすることの方がよほど不自然ではないでしょうか。

 時代が変わっても、残したいものの一つのような気がしてなりません。

「香月泰男 ─追憶のシベリア─展」

 現在、山口県立美術館において、山口県出身の日本洋画界の巨匠、香月泰男画伯の生誕100年を記念した「香月泰男 ─追憶のシベリア─展」が開催されています。

議長の祝辞を代読しました。私の右側に座っておられるのが、香月泰男さんの奥様です。 去る1日、その開会式があり、議長代理として出席し、祝辞を代読しました。

 香月画伯は、1911年山口県長門市三隅でお生まれになりました。1947年にシベリアの収容所から帰国された後は、ご家族と共に、長門市で穏やかな生活を送られました。

 しかし、平穏な暮らしの中で、過酷な抑留の記憶がふいに目を覚まし、「忘れたいが忘れてはならない」という思いで、シベリアでの辛い体験を描き続けられたそうです。

 独自の手法と作風により、57点の油絵として描かれた「シベリア・シリーズ」は、戦争を繰り返す人間の愚かさへの絶望と共に、平和への願い、生き抜くことへの強い思いを静かに訴えかける渾身の代表作です。

 本展覧会では、絶筆に至るまでの作品群が時系列で紹介されており、それぞれの作品に込められた画伯自身の心の葛藤を追体験できます。

 気候も良くなってきています。
 ぜひ、香月泰男の世界を堪能してください。

 期間:2011年3月2日(水) ~ 5月8日(日)
 開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
 観覧料: 一般600円/シニア500円/学生500円
     ※70歳以上、20名以上の団体は割引あり
     ※18歳以下は無料
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ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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