全国女性議員政策研究会に参加して⑤

立命館大学教授の東昭二先生
 研修会の2日目は朝8時、立命館大学教授の東(あずま)昭二先生による「惹きつける演説、惹きつけない演説;選挙演説の言語学」というタイトルの基調講演から始まりました。
 *「白い象について考えるな!」と言われると、誰もが最初に「白い象」を頭に描く。
    (直感的・無意識的・瞬間的に、イメージしてしまう)
 *「情緒に訴えるのは間違っている」と言うのは3百年前の話。
 *ドラマ性・人間性・個人の顔が埋め込まれた短い言葉の繰り返しこそ、聞く人が惹かれる。
 *「方言を取り入れる=私たちの仲間だ」と認識される。

などと、とてもわかりやすく、聴衆が「もう少し聴きたい」と思うような演説の言葉について、楽しくお話してくださいました。

 その後、各グループに分かれての「演説レッスン」が行われました。人が演説されるのを見ていると、とてもよい勉強になります。

安部俊子議員の演説レッスン
 私は、阿部俊子【衆・岡山3区(比)・看護連盟】議員さんから、街頭演説の仕方(90秒演説と60秒演説の2本)について、ご指導いただきました。



分科会で森まさこ議員の「選択的夫婦別姓制度について」の話
 その後、分科会で、法務部会長の森まさこ【参・福島県・弁護士】議員から「選択的夫婦別姓制度について」



 *3月20日の時事通信の調査データでは、反対55、8%。賛成35、3%
   民主党支持層・・・反対は54、9% 賛成33、6%
   自民党支持層・・・反対は69、3% 賛成24、3%
 *色々な意見があり、まだ煮詰まっていない。
 *一旦、制度を変えると、元に戻せないので、充分審議する必要がある。
 *戸籍法は大切な法律で、家族や子供を守るためにも必要。
 *結婚後も、新姓と旧姓をうまく使い分けができる方策をたてて、女性が仕事を続けていく上で、不利益を被らないようにしていきたい。
  
加藤勝信議員の分科会は「社会保障と消費税について」でした
 午前中、最後の分科会は
厚生労働部会長の加藤勝信【衆・岡山県】議員から「社会保障と消費税について」

 午前中だけでも、4つの講座があり、ようやく昼食・・・少々ハードスケジュールの研修会でした。

 続きは後日・・・

全国女性議員政策研究会に参加して④

参議院議員選挙に出馬予定の高階恵美子さん
 1日目の締めくくりは、党本部の8階で開かれた懇親会です。谷垣総裁田野瀬良太郎衆議院議員さんなどの党三役や、あべ 俊子【衆・岡山3区(比)】・石井みどり【参・比例代表】・小池百合子【衆・東京10区(比)】・山谷えり子【参・比例代表】さんなど、党所属の女性議員も多数出席されました。女性ならではの楽しい懇親会となり、お互いに交流を深めることが出来ました。

 また、この夏の参議院選挙に出馬予定の高階(たかがい)恵美子さんや、三原順子さんなどの姿もありました。

 私は、同じ看護連盟の高階恵美子さんに、先ほど発言された宮崎県の五ヶ瀬町の小笠町議さんを紹介し、3人で「口蹄疫と生命の大切さ」について、話し合いました。

「牛も豚も、家族の一員、子どもと一緒ですよね」
「女性は、自分の出産・育児と重ねて考えるから、農家の人の心情が痛いほどよくわかるのかも」
「国は、どうして、早く対策本部を立ち上げ、対処しなかったのでしょう」
「外出規制がかかっているから、買い物にも行けないのです」・・・等々。

 高階恵美子さんは
「以前、私が地元の宮城県で保健師をしていた時、大きな水害が起こった。みんな、自分や、自分の家族の命を救うために、まず、逃げた。でも、家の牛舎には牛がたくさんいてね・・・。置いて逃げなきゃあ、どうにもならなかったのだけど、牛は、つながれているから、逃げることさえできず、結局、みんなそのまま水没してしまったの・・・。農家の人たちは、本当に苦しい思いをされた。人間も牛も同じ生命だからねえ・・・」
と、涙でグシャグシャになりながら、過去の辛い体験のお話をされました。

 高階さんは、今、看護師の代表として、「大切な国民の生命を守るために」活動をされている方です。これまで、数回出会っていますが、こんな話をしたことはありませんでした。

 私は、いつも看護師さんに一番大切なのは「共感する心」だと思っていますが、高階さんは、まさにその通りの方で、心優しく、人々の痛みをわかってくださる素敵な方です。

 「このような人なら、必ず国民の生命を守ってくださる方だ!」
と、改めて、彼女の人間性に魅力を感じました。

 続きは後日・・・

全国女性議員政策研究会に参加して③

谷垣総裁
 大島幹事長との意見交換に続いて、谷垣禎一総裁のお話と意見交換が行われました。
 谷垣総裁は
 「まっとうに額に汗して頑張る人が、まっとうに幸せに生きられる社会にしたい。子ども手当ても大切かもしれないが、親に力がある人には不要だ。日本をギリシャにするわけにはいかない」
などと話されました。

 意見交換の時、私は、総裁に次のように発言しました。
「現在、国の将来のビジョンが見えないので、国民は、とても不安に思っている。課題は山積している。また、自民党の参議院選挙におけるマニフェストの原案には、外国人の参政権付与のことや、選択的夫婦別姓制度に反対すると載っているが、どのように国民に示していくのか」

 谷垣総裁は、前から2列目に座っていた私に対し、とても優しい表情で、
「日本の領土と主権と国益を守るために、断固反対しますよ」
と、例を示し、詳しく説明されました。

 また、宮崎県の五ヶ瀬町の小笠町議さんは
「宮崎は、今、口蹄疫で大変な事態になっている。農家の人は、可愛い自分の牛を殺処分しないといけないと決まった時は、泣きながら、『最後だから』と、高い餌を食べさせ、頭を撫ぜ、おっぱいを撫ぜ、『ありがとうね』と感謝の言葉をかけながら別れをし、処分場へ送り出している。大きい穴が掘られ、牛が埋められていく時には、『俺も一緒に埋めてくれー!』と叫びながら、みんな、毎日、地獄のような暮らしをしている。私は何もしてあげられない・・・。かける言葉もない。若い担い手は次々と育っているのに、この若者達は、今からどうやって生きて行ったらいいのだろう・・・」
と、泣きながら話されました。

 谷垣総裁は
「辛いですね。以前、自民党時代に口蹄疫が出た時には、35頭の処分で済んだ。今回は既に11万5千頭、いずれは20万頭くらいまで数字が上がるかもしれない。大変な事態と胸を痛めている。自民党としても対策本部を立てて、対応している」
と述べられました。 

 この話を聞きながら、私は涙が止まりませんでした。会場のあちらこちらからも、すすり泣きが聞こえていました。

 その直前に聞いた石破政調会長の
伝染病は1分1秒が勝負。対応については積極的に出来る限りのことをやらなくてはならない。そうしないと、大変なことになる」
と言われた言葉がいつまでも心に残り、「山口県ではどうなっているのだろう」と、とても心配になりました。
 
 続きは後日・・・

全国女性議員政策研究会に参加して②

大島幹事長
 石破政調会長の講演に続いて、大島理森(ただもり)幹事長との意見交換会が行われました。会場からは、党運営をはじめ、政策や広報戦略などについて幅広い要望が出されました。

 大島幹事長は 
「テレビで会見する時の顔が怖いと言われるので、できる限り優しく見えるようにしている」
と、笑いをとりながら、

 「自民党には若い人材力があることを国民にアピールしていかなければならない。安心と希望と誇りのある、幸せな国づくりをしていきましょう。また、情報通信機器の発達に伴う対応の仕方を変えていくことも大切だ」
と、話されました。

 続きは後日・・・

「全国女性議員政策研究会」に参加して①

石破茂政務調査会長と
 去る、18日19日の両日、国会議事堂のすぐ傍にある自由民主党本部で、全国女性議員政策研究会が開催されました。全国から県議・市議・町議・村議の女性議員、78名が参加しました。

 この研究会は、毎回、統一地方選挙の前年に行われる恒例の行事です。目的は女性議員の研鑽のためで、今回は2日間の日程で行われました。

 研修の司会進行は女性局長の丸川珠代議員【参・東京都】。とても素敵な笑顔の方です。

司会をされた、丸川珠代参議院議員
 最初に、衆議院議員の石原伸晃組織運動本部長が、米軍普天間基地の移設問題や口蹄疫問題への鳩山政権の対応に批判的な意見を挙げながら、開会のあいさつをされました。
また、
 「地方組織はわが党の財産です。実りある研修会にしてほしい!」
と全国から集まってこられた女性議員を激励してくださいました。

 次に、研修に入り、石破茂政務調査会長が参院選マニフェストの原案について基調講演されました。
 *子ども手当て(一人当たり26,000円)の総額は5兆3千億円にもなり、防衛費よりも高くなる。
 *個人に現金を配るより、夜間や病気の時の保育施設の充実などの方が、現在社会では求められているのではないか。
 *インド洋における自衛隊の活動について
 *口蹄疫については、初動が10日遅れた。伝染病は1分1秒が勝負。
対応については、積極的に出来る限りのことをやらなくてはならない。
 *日本の国を守るためには、何が必要か。
 *外国人参政権付与の問題は、地域や国を壊してしまう。等々。

 その後、会場の議員との意見交換が行われました。これまで、防衛大臣や農林水産大臣を歴任してこられた方ですので、難しい話題もユーモアを交えながら、とてもわかりやすくお話をしてくださいました。

 続きは後日・・・

「櫛浜地区街づくり懇話会」③ (完)

 懇話会のメンバーで視察した場所は下記の7箇所です
周南市コアプラザかの
周南市鶴いこいの里八代
周南市ゆめプラザ熊毛
周南市熊毛勤労者総合福祉センター(愛称:サンウィング熊毛)
周南市勝間ふれあいセンター
下松市地域交流センター(愛称:ふれあいの館)
下松勤労者総合福祉センター

 朝10時から午後4時まで、8名のメンバーで視察をしました。市内、並びに、隣の下松市のみといえども、とても広い地域なので、スケジュール的には、かなりの強行軍でしたが、1台の車で和やかにおしゃべりをしながらの楽しい視察でした。

 それぞれの施設において、担当の方の説明を受け、施設内の隅々まで見せていただきました。

 各施設は、地域も、利用目的も、併設施設の有無も、規模も違いますので、比較はできませんが、それぞれにとても素晴らしい施設でした。

 私たち懇話会のメンバーは、
「こんなお風呂があるといいね」
「体育館はこのくらいの広さが欲しいね」
「ロビーにはこんな機能が欲しいね」
など、それぞれの施設のいい所を感心しながら見せていただきました。

 私達住民の夢が叶うような施設が出来るといいな、と思っています。
 

「櫛浜地区街づくり懇話会」② 

 櫛浜地区は、地形的にも、多くの災害が予測される場所です。

 例えば、太華山には多くの崩落危険箇所があり、瀬戸内海の海岸線に沿って広がる住宅密集地には海抜ゼロメートル地帯があり、河川水路の工事はまだ不完全な状況です。

 そのため、大雨が降れば、土砂災害や家屋浸水が危ぶまれますし、台風や地震の時には高潮や津波などの危険性もあります。
 
 実際、昨年の大雨の時には、約10箇所において土砂災害が起こり、家屋の中まで、多量の土砂が流れ込んだ家もありました。

 また、床上浸水した家屋は8軒、床下浸水の家屋は23軒もありました。

 しかし、災害時の避難場所になっている櫛浜支所は、西光寺川近くの低地にあるため、川の氾濫による浸水の危険性もある上に、避難する道路や橋も危険な状態で、「自宅が危ない」と思っても、支所へ移動することができませんでした。

 しかも、櫛浜支所は、建物自体が老朽化しているため、多くの避難民を受け入れることは充分できない状況でした。

 その結果、今も、多くの住民は「いざという時、いったい、私たちは、どこに避難すればいいの?」と 危機感を募らせています。

 これらの不安要素については、昨年、市長さんが櫛浜地区で開催された「市長と語る会」において、多くの地区住民の皆さんから、詳しく説明がなされました。

 また、メンバーの一人であります青木義雄市議会議員さんが、今年の3月議会において、このことについて一般質問されたところ、執行部から積極的に取り組んでいくという答弁がなされ、早速、今年度の予算に調査委託料が計上されました。

 そこで、私たち懇話会のメンバーは、より具体的にこの計画を進めるため、数回の会議を開催し、計画案を練ってきました。

 しかし、なかなか、机上ではアイデアが出てこないため、近隣にある他の公共施設を視察してみようということになりました。

続きは後日・・・

「櫛浜地区街づくり懇話会」①

櫛浜地区街づくり懇話会のメンバーの皆さん
 4年前の平成18年5月16日、当時、櫛浜コミュニティセンター所長だった故浅田育雄さんが「櫛浜地区街づくり懇話会」を立ち上げられ、私も地元の県議としてそのメンバーになりました。

丁度その頃、周南市では「周南市市民参画条例(平成18年12月22日制定)」が制定されようとしており、「地域のことは地域で責任を持って決定するという意思のもとに、市民の参画と合意に基づく町づくりを進め、皆が安心して暮らすことのできる豊かな地域社会を築いていかなければならない」と提言し、具体的な活動を展開しようとしていました。

 浅田さんは、その動きをすばやくキャッチし、櫛浜地区住民の有志数名に声をかけ、懇話会を発足。浅田さんの素晴らしいリーダーシップの元、櫛浜地区の様々な課題に対し、意見交換をしながら対策を考えようと活動を開始。
残念なことに、病に倒れられ、熱い思いを胸にしたまま、この年の8月、お亡くなりになられました。

 私たち懇話会のメンバーは、浅田さんの遺志を受け継ぎ、この活動を継続していくことを決め、座長には、櫛浜自治会連合会長の田中義啓さんになっていただきました。

 現在、懇話会として取り組んでいるのは、老朽化した市役所の支所・公民館の建て替えに関する要望です。櫛浜支所・公民館は昭和42年に建設されたもので、市内の支所では一番古い建物です。耐震診断は実施されていませんが、危険性も高く、雨漏りなど施設の傷みもひどく、災害時の避難場所に指定されているものの、その機能を充分発揮できる状態ではありません

 また、隣接する周南市徳山東部給食センターは、今年度をもって移転されるため、閉鎖されます。その隣の統廃合により閉園した周南市立櫛浜西保育園(乳児保育園)も、先般解体されました。更地となったその跡地利用については未定のままです。

 櫛浜支所・公民館の安全度及び住民サービスの低下を防ぐために、建て替えは急を要します。「地域防災拠点施設として、隣接地を含めた一体的な敷地を活用して計画を立てて欲しい」と多くの地区住民が願っています。

 そこで、昨年12月、懇話会のメンバー数名で市長室を訪問し、地区の諸団体の代表者の皆さんの連名による「建て替えに関する要望書」を、市長さんへ直接お届けしました。
 続きは後日・・・

初のラジオ出演の報告

 「初めてのラジオ出演!」とても緊張しました!

とても緊張しました
 パーソナリティは、吉永達哉さんと有井美穂子さんのお二人です。有井さんとは以前から親交がありましたが、吉永さんとは初めての出会いです。とてもさわやかなお二人と、楽しいひと時を過ごしました。

 コミュニティFM局「しゅうなんFM」(FM78.4Hz)のスタジオは、下松市のザ・モール周南の1階にあります。

 スタジオの周囲はガラス張り。館内には、ラジオ放送が流れていますので、買い物に来られたお客さんは、スタジオの外で、収録の様子を見ながら聞くことができます。

 私に出演依頼があったのは、『ラリー・ボイスjam784』の『街かどスケッチ』(12:35~13:00)という番組で、「周南地区で頑張っている、また、地域に貢献している人や団体を紹介するコーナー」です。(少々、気恥ずかしい思いです・・・)

 初めての経験なので、何を話そうかと思っていましたが、「聞き上手」なパーソナリティのお二人が、話をうまく引き出してくださいますので、その流れに沿ってお話させていただきました。

 日常の議員活動について、また、特に、女性議員として強い思いをもって活動している「障害者福祉」や「子育て」「心の教育」の重要性について話しました。

 話題の引き出し方、話の進め方が上手なお二人は、私が
女性の常任委員会委員長は、137年の歴史を持つ山口県議会の中で2人目です」
と言った時には、
「えーっ!!」
と大きな声で反応があり、講演や議会報告会の時などとは違う面の面白味もありました。

 途中、吉永さんが私のホームページについて、2回もご紹介してくださいました。何と、その時間帯の私のホームページへのアクセス数が一気に増えていました。これがマスコミにおける情報発信力の強さだと、改めて知りました。

 この発信力が災害時などに大きな力を発揮するものです。「しゅうなんFM」の今後益々の活躍に大きな期待をしております。


 番組サイト『ラリー・ボイスJam784』
 http://www.fms784.co.jp/modules/program/index.php?content_id=4

戦没者追悼式に参列して

尊い犠牲の上にある今の平和を守っていきたいと思います
 去る10日、「平成22年度周南市戦没者追悼式」が、周南市文化会館でありました。戦地で亡くなられた方や、徳山空襲で犠牲になられた方のご遺族の皆様方が約500人参列されました。

 市の説明によると、1937~45年の戦争で、兵士も含め市民4500人以上が亡くなられたそうです。徳山空襲は1945年5月10日と7月26~27日の2回も・・・。

 徳山湾は、周囲を島に囲まれ、水深の深い天然の良港であったことから、徳山には、戦時中に海軍の燃料廠(ねんりょうしょう)がありました。

 米軍は、この燃料廠をターゲットとし、5月10日には約800機、7月26日には約100機という大規模な空爆攻撃を行い、海軍燃料廠と市街地のほとんどが焼き尽くされ、約1,000人の命が奪われました。

 この数字は広島、長崎等に続き、全国で5番目に多いそうです。中でも、5月10日の空襲で、燃料廠に勤労動員されていた徳山中学(現徳山高校)の学生4名も命を奪われ、7月26日の空襲では、当時の羽仁市長が市役所で公務中に戦死されています。

 合併により周南市となってからも、歴史的に5月10日が戦没者慰霊にふさわしい日であることから、毎年、追悼式と慰霊祭が行われます。

 私が顧問をしている蓮生まこと幼稚園の園児4名も参列し、壇上にて、出席者に花束を渡す役割を堂々と果たしてくれました。まだ幼くて何もわからないと思いますが、成長した時には、今日の日のことを思い出し、戦没者や英霊に感謝する心を学び取っていくことと思います。

 戦没者、英霊への感謝と哀悼の気持ちがなければ、国民の幸福も、国の繁栄もありません。現在の豊かで平和な日本は、尊い命を捧げられた方々の犠牲の上にあることを忘れてはならないと、改めて強く思いました。

 ***参考***
 呉で造船された「戦艦大和」も、徳山で給油し沖縄に向かったそうです。しかし、当時、「戦艦大和」が入港していたことは、軍の機密事項ですから、地元の人にはあまり知られていなかったようです
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ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
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