障害を持っている人達と過ごして

 あわただしく行ってきたオーストラリアでしたが、今考えてみると、目的意識を持って行った旅だったので、本当に価値のあるものだったと思います。

  障害を持っている人達は、リハビリをしながら、また、身体を大事にしながら、今持っている能力・体力を維持し続けなければなりません。そうしないと、機能が低下し、もっともっと自分が苦しくなるからです。健常者が勝手に「かわいそうに」と手を貸す事は決して正しくないのかもしれません。ただ、傍からそっと温かく見守って頂き、彼らが困ってSOSを出している時には、進んで力を貸してあげて欲しいと思います。

  誰もが、いつまでも元気であるという保障は全くありません。お互いに助け合う精神を持ち、本当のバリアフリーの社会を目指したいと思います。

  オーストラリアではリフト付きバスでなかったため、乗り降りの都度、車椅子の人をみんなで抱えなければなりませんし、車椅子ごと抱えて移動しなければならない階段も街のいたる所にありました。

  ケアスタッフとして同行した人たちに、「大変ねぇ・・・」って言うと、みんな「いいえぇ!」って笑って答えますし、中の1人は「チャメシゴトですから!」って言われました。日常茶飯事の事なのですが、実に素晴らしい考えだし、彼らの全てを受け入れていると感心しました。私も実践しながら、笑ってそう答えられる人間になりたいと思いました。

初めてのオーストラリア

 7000キロも離れたブリスベンから17時間かけてようやく帰りました。わたぼうし音楽祭も無事終わりましたし、この5日間、28人全員が元気に、怪我も事故もなく行って来られた事がなによりのお土産です。

  「障害を持っている人のために何か役に立ちたい」そんな気持ちでついて行ったのに、手助けをするどころか、逆にいっぱい助けてもらい、色々なことを教えてもらい、一緒に笑い転げ、又、一緒に泣きながら苦しみを分かちあい、障害を持っていても持っていなくても全く関係ない。みんなの小さな力をたし算しながら成り立った、本当にいい旅でした。

  みかんの花とサンシャワーバンドの「25枚の年賀状」を初めとする数曲の演奏も「CDはないの?」と問い合わせが来るほど最高の出来だったし、各国から来られた人たちの、言語を超えた心に染み透る歌は、誰の胸にもジーンと来て涙がこぼれ、拍手は鳴り止まず、どの場面を思い出してみても、実に素晴らしい大会でした。

  又、彼らの一人が「オーストラリアまで来たなんて、夢を見ているみたい…」と言ってくれ、思いきって参加して本当に良かったと思いました。

 この5日間、みんなの透き通った瞳を見てきて、「彼らが社会でなすべき仕事は大きいものがある。それは  肩肘張らずに、彼ららしく生きていくことであり、その生き方が殺伐としたこの現代社会の中で  人々の心を和ましてくれる潤滑剤になっている。そのために彼らはこの世に生まれてきたのだ。」と感じました。

  本当に恥ずかしい話ですが、今まで、障害をもっている人達と、どうやって向き合ったらいいのかわからない時があったし、「かばってあげなきゃあ」と自分で勝手にバリアを作ったために、付き合いがうまくいかない事もありました。

  でも、この旅行を通して、「何にも考えることはない。一人の人間として、対等に付き合えばいいんだ」と気付き、そして、たったこれだけの事なのに、「なぜ今までわからなかったのだろう」って思いました。これからは、いつ出会っても「やぁ!」と気軽に声が掛けられるでしょうし、きっと、いい友達になれると思います。 

 みんな 連れて行ってくれてどうもありがとう!これからも仲良くしようね!

「わたぼうしコンサート」に行ってきます

 8月に奈良県で開かれた「わたぼうしコンサート」に参加し、文部科学大臣奨励賞を手にした周南市の音楽セラピーのグループ「みかんの花」が、オーストラリアで開かれる「第7回アジア太平洋わたぼうし音楽祭2003」のアートフェスティバルに出演する事になり、今日出発します。メンバーは、みかんの花、交流のある県内の障害者施設の利用者、ケアスタッフ計28人で、そのうち半数が障害を持っている人です。

  アジア太平洋わたぼうし音楽祭は1年おきに開かれます。彼らの「25枚の年賀状」の曲が、日本のわたぼうし音楽祭を開催している(財)たんぽぽの家から、アートフェスティバルでの演奏を要請された事を受け、みんなで思い切って行く事を決意されたようです。

  今までも彼らの応援団の一人として活動をしておりましたので、私も思い切って一緒にオーストラリアへ行ってきます。観光は殆どないスケジュールのようですが、とびっきりの笑顔で帰ってこられるよう、全てに頑張ってきます。

  (それまでしばらく更新お休みします。ごめんなさい)

  (夏のわたぼうしコンサートの写真はライフワークのコーナーに掲載しています。)

「本当の意味で子どもをかわいがる」

 昨日は推進大会の後、(社)「小さな親切」運動本部代表 学習院名誉教授 川嶋  優先生の講演がありました。

  「最近の渋谷は怖い!子ども達が、家に帰らないで、何日もウロウロしている。親は子供に無関心。でも、携帯電話で生きていることだけは、確認を取り合っている。なぜこんな家庭が増えたのだろう?どこが間違っているのだろう?」と言う問いかけから「本当の意味で  子どもをかわいがる」というテーマで話されました。

 ○「育児」

    人間の命を育てる仕事。誇りに思って育児に専念して欲しい

 ○9才までの親の務め

    母親の膝の上でしっかり社会の善悪を教える

    自我の目覚めは10才すぎ。それまでに権威をもって人間としての基本を教えこむ

 ○夫婦の役割分担

    男女が持っている能力を充分発揮させて、仲良く暮らすことが大切

 等々。そんな話の内容でした。

  少子化で1人の子どもに保護者が6人(親2人、祖父母4人)いると言われている今の現実と、一昔前の各家庭に6-7人の子どもがいるという、数字が逆転した社会では、権威を持つ人がかわってきています。私も単に甘やかすのでなく、社会人として生きるための基本を家庭教育の中でしっかり教え込んで欲しいと思う気持ちは一緒ですので、子育て中のお母さん達に、機会あるごとにこのお話を伝えていこうと思いました。

「小さな親切」運動推進大会に出席して

 第25回「小さな親切」運動推進大会が周南市保健センターであり、私はこの会の推進員をしていますので、主催者の一人として参加しました。今年は、実践活動をしている4団体と12人が実行章を、1団体と1人が特別功労賞を受賞されました。

  私は今回、周南市立桜木小の5年生の女の子3人を表彰して欲しいと推薦しました。3人は、昨年総合学習の中で、福祉について勉強している時に、視覚障害を持つ人と出会い、彼らが国道2号線を横断するのに苦労されている事実を知り、音の出る信号機をつけたいと考え、自分達で署名活動をし、徳山署に提出したところ、今年の3月、音の出る信号機が設置されました。子ども達の素直な気付きと、前向きな行動で、障害を持っていらっしゃる人たちがとても喜ばれる結果が出、子ども達の夢が叶った素晴らしい活動だと思ったからです。かわいい3人の女の子は、恥ずかしそうに壇上に上がって表彰を受け、ニコッと爽やかな笑顔を見せてくれました。周囲を明るくしてくれるこんないい子たちのために、明るい社会・明るい未来をつくっていかなければと再認識しました。

 (花果(はるか)さん・梨央(りお)さん・茜(あかね)さんありがとう!)

「ほたるの星」菅原監督が我が家にきてくださる

 映画「ほたるの星」の菅原浩志監督さんと、プロデユーサーの作間清子さんが「ようやく来る事ができました・・・」と、わざわざ東京から夫のお参りに来てくださいました。

きっと、真に作品を見てもらいたかったのでしょう・・・あの映画の台本を持って来られ、仏壇に供えてくださいました。

 「この映画をつくろうと思い、山口に来た時、最初に出会ったのが真さんでした」

どんなご縁があったのか全く知らない私に、お二人は優しく色々なお話をしてくださいました。仏様の前で、時の経つのも忘れて三人で泣きながら話し込み、そこでまた、夫の生き方について新たに感じるものがありました。

  前にも書いた通り、夫はほたるになって帰ってきてくれたと信じています。でもこの事を言葉で人に理解してもらうのはなかなかむつかしいと感じていましたが、この感覚を共有できる人たちと、こうして偶然出会える幸せは、

 「きっと仏様になった真からのプレゼントかな?」

と思い、この出会いを大事にしていきたいと思います。

  大切な人を亡くし苦しんでいる人たちへ、映画のお話と共に、その人はきっと何らかの形で生きていらっしゃるという事を話して勇気付けてあげたいと思います

大津島回天追悼式に出席して

 周南市の大津島にて「回天烈士 並びに 回天搭載戦沒潜水艦乗員  追悼式」がありました。毎年11月第2日曜に、人間魚雷回天で亡くなられた方たちを偲んで挙行される「追悼式」で、今年も礼文島や三重県など、全国各地より50名の遺族の方たちと、市内の多くの人たちがこの回天の聖地 へ集まってこられました。遺族の方といっても、ご両親の立場の方は見えず、既に、甥や姪の代に代わり、戦後58年の時が経った事を感じます。

  市内の各ボランティアの人たちが回天記念館周囲の草刈りや掃除を済ませられた所へ、きれいな祭壇が祭られ、英霊の御霊に手を合わせるのですが、献花が行われている時、英霊への鎮魂のための慰霊飛行があり、頭のすぐ上を航空自衛隊 の飛行機が何度も飛んでいきました。遺族の方たちは白いハンカチを持った手を大きく振って応えられます。

  その後、大徳山太鼓「回天」が、展示されている魚雷のすぐ傍で奉納されました。地を伝って響いてくる鼓動が、祖国を守るために自らの命を犠牲にし、深い海の底に散って行った若者達の魂の叫びのように聞こえて来、身体が震えました。何度も聞いている太鼓の音なのに、初めて原点にたどり着いた気がし、彼らの死を決して無駄にしてはいけないと強く思いました。

衆議院選挙を終えて

 明日の開票の時まで気を抜く事はできませんが、今日でようやく選挙運動が終わりました。

  「政治家を選ぶ選挙、それ自体が自分たちの生活そのものを守る一番のもとであるという事が、どの位の有権者に浸透しているのだろう?」「果たして投票率はどの位になるのだろう?」と思いながら、12日間を一生懸命戦いました。

 選挙区は広いし、県議選より期間は長いし、なかなか大変な選挙でしたが、夫がいつも言っていた

 「人の選挙が真面目にできる政治家でありたい!」

この言葉を思い出しながら、自分でできる事は何でもしようと決意し頑張ったつもりです。またまた、沢山の方たちに大変な迷惑をかけたり、ご心配をかけたりしましたが、いい出会いも沢山ありました。出陣式のガンバローコールや総決起大会の司会など、初めての経験もいくつかさせて頂き、自分にとってもいい勉強になりました。
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ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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