第7回秋月囲碁大会

 去る7月26日、第7回秋月囲碁大会が開催されました。

 今回も枡田代表からご案内をいただき、閉会式で表彰状を授与させていただきました。

 台風12号が近づいている中、どうなる事かと思っていましたが、今回も60名の方が集まられ、大盛会のうちに終わりました。

 表彰の後、少しお話の時間をいただきましたので、今回は、「小学生の囲碁」についてお話ししました。

 この会でも、前回が2人、今回は1人の参加がありました。幼い頃から囲碁に親しむことで、子供の成長過程において役役立つことがあるように思います。
礼儀・作法が身に付く
記憶力や、忍耐力、集中力、決断力などが身に付く
柔軟性・バランス感覚が養われる
大局的に物事を考えられるようになる

 最近は、自分勝手な子供や、また、ちょっとしたことで「キレる」子供も多いので、ぜひ囲碁で自己研鑚に励んで欲しいと思うと申し上げましたら、皆さん「うんうん!」と頷きながら聞いてくださいました。

 可愛い棋士さんが増えることを願っています。

「第6回秋月囲碁大会」の表彰式に参加して

 5月10日、「第6回秋月囲碁大会」が、市内の秋月公民館で開催されました。友人のお父様である枡田佳孝代表から「表彰式のプレゼンターとして来てください」とご案内をいただき、初めて参加させていただきました。

 この大会の様子はこれまでもケーブルテレビの番組で放映されていましたので、テレビでは拝見したことがありますが、実際に全員が一堂に会された対局の光景を見せていただくと、皆さんの熱気と気迫に圧倒されてしまいました。

 本大会は秋月地区の活性化と囲碁の発展のために、2年前、枡田代表さんが始められたそうです。

 会長さんがお一人お一人に勧誘の電話をされるなど精力的に活動をされる中、当初5-6人だった参加人数が、現在では60名を超えるようになったそうですし、しかも、周南地区を始め県内全域から集まられるようになったとのことで、このハイスピードな盛り上がりは、ひとえに枡田代表さんのご尽力の賜であると思います。

 また、全国の大会でも活躍されている十二段の小野慎吾さんも出場され、とてもハイレベルな大会となりました。

 小野さんはこの大会の顧問としてもご活躍中であり、会員さんへの指導などもされておられるそうです。会員の皆様は和気あいあいと対局を楽しみながら、しかも、腕を磨くために切磋琢磨していらっしゃいます。

 私は囲碁を打つことはできませんが、我が家では、舅や夫、舅の妹などが大の囲碁好きだったので、碁盤はいつも廊下に据えてあり、いろいろな方が碁を打ちに来られていたことを懐かしく思い出しました。

 高齢者が多い中、小学生の姿も見え、世代を超えた交流をされていました。最近は女流棋士も多くいらっしゃいますので、女性の方のご参加もあればいいなと思いました。

 表彰式の後、ご挨拶の場をいただきました。その後、全員で集合写真を撮り、皆様と一緒に楽しいひと時を過ごさせていただきました。皆様ありがとうございました。



西京教育文化振興財団助成金交付式

 2月23日、周南市の遠石会館において、教育や文化、芸術、スポーツの振興に功績があった団体を対象にした「西京教育文化振興財団の助成金交付式」が行われました。県内から応募された76団体のうち32団体に計660万円が贈られました

 この助成金制度は西京銀行の創立60周年記念事業として、1990年に設立されたもので、同財団の理事長は平岡英雄西京銀行取頭です。

 各部門で助成先を公募し、審査委員会が助成先を選ばれたそうで、「こどもっちゃ!商店街実行委員会」「周南フィルハーモニー管弦楽団」「彦島平家踊り保存会」「宇部・小野田ラグビースクール」などの団体に贈られました。

 今回を含め、これまでに216団体、累計7220万円が贈呈されたそうです。

 また大変嬉しいことに、芸術部門では、私が推薦をしていた「楽団・みかんの花」も助成を受けることができました

 みかんの花のメンバーは、「自分たちの活動を認めてくださった事がとても嬉しい!」と、とても喜んでいます。西京教育文化振興財団様、ありがとうございます。





アイバンク&盲導犬育成基金チャリティショー④りおたさん

りおたさんと、描いていただいた似顔絵と一緒に。 チャリティショーの受付の隣では、YICキャリアデザイン専門学校出身の「りおたさん」が似顔絵を描いてくださるコーナーがありました。

 そこで、私も「似顔絵を描いていただく」という初めての体験をしました。

 りおたさんは、私の顔をちらっちらっと見ながら、YICの話や、絵を描くことについての話などをしながら、さらさらっと、私の似顔絵を描いてくださいました。

 よく見ると、上着の襟には、県議のバッジ、赤い羽根、ライオンズバッジがきちんと描かれています。とてもきれいな見事な出来栄えで、完成した時、周りで見ていた人たちからも大きな拍手が沸き起こりました。

とってもかわいく描いてくださいました。 これまでに書いてきた人の数を伺うと、7000-8000人だろうと言われ、驚きました。

 「この仕事で食べて行けますか?」という質問に、笑顔で「はい」と答えてくださいましたので、とても嬉しく思います。これから益々ご活躍されることを期待しています。


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 たくさんの方と、深いご縁を感じたチャリティーショーでした。

 これからも、移植の推進・啓発に向け、私も頑張ってまいりたいと思います。



アイバンク&盲導犬育成基金チャリティショー③入山アキ子さん

入山アキ子さんと一緒に。 今回、特別出演された入山アキ子さん山口県美祢市出身の演歌歌手です。防衛医大高等看護学院卒業後、防衛医大病院で胸部外科看護師主任として勤務された後、演歌歌手へと転身された異色の経歴をお持ちの方です。

 同じ山口県出身の作曲家・鈴木淳氏に師事し、2004年にキングレコードより「不如帰」でデビューされ、「溺れ酒」「ザンザ岬」「雨のよりそい花」「きずな道」などを歌ってこられ、去る7月には、「紀淡海峡」と「秋芳洞愛歌」を新曲として発表されました。

 2010年から「美祢市ふるさと交流大使」として、また、今年から「山口県ふるさと大使」として県の観光振興にご尽力をいただいています。先日は、議会へ着物姿でお越しになりました。

入山さんのステージの様子。 チャリティーショーの日も、あでやかな着物姿に身を包み、素晴らしい声量で、素敵な歌声を披露していただき、多くの観客を魅了されました。

 新南陽には、御親戚もいらっしゃるとか。また、その方が看護師さんという事もあって、会場には、数名の看護師さんも見えていました。

 入山アキ子さんは、広い会場を歌いながらお客さんと握手をして回られましたが、その親しみやすいお人柄とトークの柔らかさ、何より、肺活量の多さと声量の太さに驚きました。きっと、練習に練習を重ねられ、今日の日を迎えられたのだと思います。

 同じ山口県人として、同じ看護師として、とても誇りに思いますし、これからも応援していきたいと思います。アキ子さん、頑張ってくださいね!


 また、今回のチャリティショーで移植医療についてお話をすることから、私は、ある親子に「ぜひ、お話を聞きに来てください」とご案内しました。

 その親子とは、数年前、お父様から娘さんへ腎臓を移植され、その後、元気に過ごされているお二人です。「命のリレー」というタイトルそのままの親子だと思ったからです。

 そのお父様は、わざわざ防府市から来られましたが、たまたま「大の入山アキ子さんファン」で、とても喜ばれたという思わぬハプニングもありました。神様のプレゼントですね。

山口県美容技術コンクールに出席して

挨拶をさせていただきました。 6月9日、山口県美容業生活衛生同業組合(吉田笑子理事長)主催の「山口県美容技術コンクール」が、周南市文化会館において開催されました。私は、11年前から当組合の徳山支部の顧問を仰せつかっておりますので、開会式にご案内をいただき、出席させていただきました。

 この大会は、40回を超える歴史のあるもので、「若き美容師の登竜門」とも呼ばれていますが、美容技術の向上と、組合員の交流を目的に毎年開催されています。

 私は、ご挨拶の場もいただきましたので、美容師や専門学校に通う生徒さん等131人の選手の皆さんに激励の言葉を申し上げた後、会場に多数集まられた美容業界の皆さんに、美容業の仕事において、とても重要である「おもてなし」についてお話しました。

*「おもてなしの語源は、『持って、成し遂げる』。
持つもの…美容の技術や知識、コミュニケーション能力、優しい笑顔など。
成し遂げるもの…『きれいになりたい』『リフレッシュしたい』『ハレの日に最高の姿を見せたい』などのお客さまの様々なニーズに的確に応えること。

最高の美容技術と温かい心を持って、お客様におもてなしをしてあげて欲しい

人生の節目となる様々な行事…七五三、成人式、結婚式など、これらは美容師の方々の力がなくてはできないもの。

*これからも、日本の歴史と伝統を守りながら、和の文化の創造を担って欲しい

ステージを埋める出場者の皆様 開会式の後、カット&ブロー、ヘアスタイル、ストリートカット、アップスタイル、等のヘア部門と、中振り袖・留袖、洋装ブライダルの着付けなど、5部門にわたってのコンテストが繰り広げられました。

 ヘアの部では、選手の皆さんが、カットマネキンの髪のカットやドライヤーでセットしながら、思い思いの髪形に完成させていきます。

 私は初めて見学させていただきましたが、とても、興味あるコンテストで、ブローをされる選手の皆さんの手元を、会場の皆さんと一緒にずっと見せていただきました。

 最初に驚いたのは、電気の配線のことでした。

おしゃれに仕上げられたカットマネキン 過去、他の会場では、途中で電源が落ちたため、全員が手を止めざるを得ない場合もあったそうですが、31人の選手の皆さんが一斉にドライヤー(1000~1200W)を使われると、大変な電力量になります。私は少々不安でしたが、何ら問題もありませんでした。

 「周南市の文化会館は素晴らしいですね!
と、役員の皆さんが口々におっしゃっていらっしゃいましたが、このことも大きな要因でしょう。

 カット&ブローの部で優勝された福田充さん(山口支部)をはじめ、各部門で優勝された皆さんは、秋に大阪で開催される全国大会へ出場されます。ぜひ、山口県の代表として、頑張って来て欲しいと願っています。

7年ぶりの「花笠踊」

残念ながら天候から屋内での開催となりましたが、揺れる花笠の美しいお祭でした。 周南市八代の魚切地区に400年以上前から伝えられている「花笠踊」が、去る8月25日に奉納されました。遅くなりましたが、とても珍しい伝統行事ですので報告いたします。 

 「ねんき踊り」と称されるこの踊りは山口県無形民族文化財に指定され、7年毎(亥年・巳年)に二所神社に奉納されるもので、戦国時代、陶晴賢に攻められて悲劇的な最期を遂げた大内義隆に対して、人々が捧げた追善供養の踊りであると言い伝えられています。

 この踊りを伝承するには、踊り子は男女とも未婚者に限られ、特に、踊り子を導く調司と調庄の役は未婚の長男でなければならないことになっており、一生涯に一度しか踊り子になる機会がなく、里人にとっては、青春の感銘深い思い出となっていると言われています。

 いつもは二所神社の境内が会場となりますが、この日はお昼過ぎまで雨模様でしたので、鶴いこいの里交流センター体育館にて奉納されることとなり、暗くなるころには、市内外から大勢の人が押し寄せていました。

 午後8時、小学生から20歳代までの未婚の男女24人の踊り子が登場。男性は花笠をつけ、女性は白い着物に華やかな大きい花笠をかぶり、輪を作り、太鼓や音頭に合わせて踊っていきます。

 華やかな衣装で群舞する、中世に流行した風流(ふりゅう)踊りの一種で、その音頭の歌詞は全国でも珍しい古風なものといわれています。

若者へと伝統文化が受け継がれる大切さを痛感いたしました。 はるか4百数十年の時を超え、山あいの里で受け継がれてきた、7年目ごとの華麗な花笠踊を見ながら、夏の一夜を楽しみました。

 全国的にも少子高齢化のために、各地に伝わる伝統文化の継承が危機にさらされていますが、八代においても、残念ながら同様の状況となっています。昔から日本人が大切にしてきた伝統文化が、ぜひとも、次世代に残るようにと願っています。

出雲大社へお参りしてきました

出雲大社の拝殿の前にて。 先日、「平成の大遷宮」が行われている出雲大社へお参りしてきました。松江への立派な自動車専用道路が完成しており、おかげで、片道3時間余りしかかかりませんでした。

 初めてお参りをしたのは数十年前です。今回は、2回目のお参りです。光景も全く覚えておらず、初めてお参りさせていただくような新鮮な気持ちでした。

 きれいに整備された神門通りのお店で美味しい「出雲そば」をいただき、大鳥居をくぐり、松の木が並ぶ長い参道を抜けると、目の前に荘厳な大社(おおやしろ)が!
 境内には本殿を中心に拝殿、摂社8社、末者3社、文庫、宝庫、彰古館などが立ち並んでいました。

 国宝の本殿には「国護り」でも知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ、別名・大国様)が祀られており、縁結びの神様として知られています。

 「2礼、4拍手、1礼」で参拝を済ませた後、周囲のこんもりとした森の中をゆっくり散策しながら、新しい本殿を各角度から拝見させていただきました。  

 去る5月10日に「本殿遷座祭」が行われ、真新しい本殿に「大国主命」のご神体がお遷りになりました。テレビでその様子を観ましたが、実際、本殿の屋根の美しい姿を目の当たりにすると、実に神々しい風格に圧倒された感じです。

 境内には参拝者がとても多く、さらに、若い人が多いという印象を受け、嬉しく思いました。

 前回の出雲大社の遷宮は私が生まれた年でした。今年、60年ぶりに行われる「大遷宮」に続いて、10月には伊勢神宮で20年に一度の「式年遷宮」が行われます。私は還暦を迎える年でもありますし、千載一遇のおめでたい年になりますので、夏には伊勢神宮にもお参りに行きたいと考えています。

「はやぶさ 遥かなる帰還」を観て

映画パンフレットより。
 世界初のプロジェクトを成し遂げた日本の科学者や技術者たちと、それを見守った人々の激動の7年間を描いたヒューマンドラマ「はやぶさ 遥かなる帰還」が、先日公開されましたので、早速、娘と観に行きました。

 「はやぶさ」とは、全世界が注目した小惑星探査機です。

 「はやぶさ」は、2003年5月大きな期待と夢を託され、小惑星「イトカワ」からのちりや砂粒を採取することを最大のミッションに、宇宙へと旅立ちました。

 しかし、燃料漏れ・姿勢制御不能・通信途絶による行方不明など多くの困難がふりかかりました。

 その中で、チームが一丸となって、トラブルからの復旧やミッションの成功に向けて全身全霊を注ぎ格闘した結果、2010年6月、地球へ「イトカワ」のちりが入ったカプセルと共に帰還しました。しかし、はやぶさ自身は、大気圏に突入する際に燃え尽きてしまいました。

 映画を通して、日本の科学者や技術者の底力・熱意や、「絶対にあきらめない心」などが描かれており、「日本はまだまだ頑張れる!」と、感動と共に、大きな勇気をもらい、涙が溢れ出ました。

 また、映画全編の音楽担当は、辻井伸行さん(視力障害を持たれたピアニスト。2009年、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにおいて日本人として初優勝された)です。


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はやぶさに関しての以前の日記・・・
 2011-05-24 記念講演「帰ってきた『はやぶさ』、そして未来へ」

ヒガンバナ

「まど・みちおてん」の中にいくつもの額が掛けてありました。その中で、ふと、引き込まれた詩をご紹介します。ヒガンバナ


     ヒガンバナ

 こどものころ ぼくはよく
 はげあたまのじいちゃんと
 やまのおてらに はかまいりにいった
 たんぼのなかの一ぽんみちに
 ずぅっと ヒガンバナがさいていた
 おはかにつくと
 そのヒガンバナたちから 
 もう でんぱがとどいているかのように
 おはかのうしろのヒガンバナたちが
 一せいに ぼくたちをみまもった
 まわりをそうじしたり
 みずや はなをかえたり
 てをあわせて おがんだりすると
 はじめから おわりまでじぃっと・・・
 なにやら ヒガンバナごで
 ひそひそひそひそしながら・・・
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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