島田明前県議会議長の合同葬が行われました③

 夫が亡くなった後、私は後援会の方々から強い要請を受け、ずいぶん悩みましたが、結局、県議選に出ることを決意しました。

 私は一番に島田先生の所に相談に行きました。すると先生は、
大変だろうが頑張れ!応援するよ
と言ってくださいました。

 そして、当選をし、県議会棟に初めて行った時
「よく頑張った!」
と誉めていただきました。

 私は夫が亡くなって、まだ1年半しか経っていませんでしたから、なかなか、気分も明るくならず、いつも紺やグレーのスーツで、議会に出ていました。

 すると、島田先生は
そんな暗い服を着たらいけない。折角、自民党唯一の女性議員なんだから、明るい色の服を着なさい
と、よく言われました。

議会の一般質問にて。後ろに先生がいらっしゃるのが頼もしく思っていました。 その言葉を聞いて初めて、赤い服を着て議席に座っていたら、議長席から、指で〇を作って
「うん、うん!」
と笑顔で頷いてくださいました。
 

 私が議員として、進むべき方向に悩んだとき、先生はいつも父親のように大きな心で相談に乗ってくださいました



 ここには書ききれない程、お世話になりました。葬儀の際、先生の遺影に向かって、感謝の言葉を述べながら、深く頭を下げました。

中国地区県議会野球大会にて。 島田先生、安らかにお休みください。

 夫に会われましたら、私は元気に暮らしていますと、よろしくお伝えくださいね。本当にありがとうございました。合掌。






島田明前県議会議長の合同葬が行われました②

 夫が大好きだった島田先生との思い出は、数えきれないほどあります。その中でも忘れられないことがあります。

 それは、夫が病気で療養していた時のことです。

 残された時間が本当に短いとわかった時、夫は島田先生に電話をし、病院へ来ていただきました。

 島田先生は、夫の病変に大変驚かれていましたが、その後、2人はベッドに腰掛けて、本当に楽しそうに長い間、話していました。

 公人の2人の話ですので、私は病室の外へ出ていましたから、何の話をしていたのかわかりませんが、先生はお帰りになる時、
「ほいじゃけど(だけど)、ホンマ、楽しかったのー!えっと、面白いことがあったし、マコちゃんと一緒じゃったから、何でもできた!ありがとうのぉ!
と、笑いながら大きな声で言われていました。

 それから、2日後、夫は痛みのためにモルヒネを使い、少し意識が薄れてきましたので、私は先生に電話をし、病室へ来ていただきました。

 「どね~なかぁ?」
 病室へ入るなり、先生は夫に声をかけられました。夫は、
「うん。大丈夫いね」
と小さく笑って答えました。しばらくして、先生は
まこちゃん、ほいじゃ~の!またな!元気でな!
と声をかけながらも、別れを惜しむかのように夫の手をいつまでも固く握っておられました。

 そして、笑顔で病室を出られましたが、耐え切れなかったのでしょう。そのまま、廊下の突き当たりから誰もいないベランダに出られ、大きな声で
「オー!オー!」
と泣き叫ばれ続けました


 私は、そんな議長さんに対し、なす術もなく、先生の傍で、じっと泣いておられる姿を見ながら、
「すみません・・・」
と詫びました。

 5分から10分の時間が流れたでしょうか・・・。その後、先生は、私に
「じゃーの!」
と言いながら、ベランダから廊下に出て、エレベーターに入って行かれました。
 顔は涙でグシャグシャ。丸めた背中は、とても小さく見えました。

 議長職でありながら、誰も付けず、お一人でお別れに来て下さったのです・・・。今、考えたらありえないことです。

 そして、その2日後の9月22日の夜明け前の4時頃、私は先生に
「夫が亡くなりました・・・」
と電話をしました。

 暗い中、先生は飛んで来られました。そして、ベッドに穏やかな顔で静かに横たわっている夫の身体に抱きつきながら、大きな声で泣き続けられました。本当によき相棒であったと思ってくださっていたのだと、心から思いました。

 そして、その後、すぐに病院の事務室へ私を呼び、
ええか、葬儀のことは俺にみな任せろ。合同葬(自民党県連・山口県議会・藤井家)にするからの
と言われ、葬儀委員長として、葬儀を取り仕切ってくださいました。

 告別式には想像を超え、会場に入りきれない程の皆さんがお別れに来てくださいました。その準備も、さぞや大変であったろうに・・・と、今になって思います。

 島田先生、その節はありがとうございました。



 続く・・・

島田明前県議会議長の合同葬が行われました①

島田明元議長さん。2005年ごろの写真。 去る1月7日に85歳でお亡くなりになった島田明前県議会議長の合同葬(山口県議会・自民党山口県連・島田家など主催)が、防府市公会堂でありました。県選出の国会議員をはじめ県内の首長や議員、また、長年、島田先生と親交の深かった市民の皆様など、約2千人の方が参列されました。

 島田先生は防府市議会議員を4期、山口県議会議員を7期務められました。その間、12年間にわたって山口県政史上最長の議長として、また、全国都道府県議会議長会の会長としてもご活躍をされました。

 とても豪快な方でした。また、いつも温かく声をかけてくださる優しい方でした。 

 式では、安倍晋三首相の弔辞が秘書の配川さんによって代読されました。
「まさに『巨星墜つ』の思いでいっぱいであり、残念です」

 友人代表としては、二井関成・元知事が弔辞を述べられました。
「島田先生はいつも父親のような存在でした。
2004年に県内で鳥インフルエンザが発生した際、県産鶏肉の安全性をPRするために県庁食堂で一緒にから揚げを食べたけれども、鶏肉が苦手な先生が無理をして、美味しそうに食べておられたことが、今となってはとても懐かしい思い出です」

 また、式の最初に流された、在りし日の先生のDVDには、亡き夫の姿も出てきました。どこか旅行先での写真でしょう。大きな椰子の実を半分に割ったものに2人がストローを立て、仲良く美味しそうに飲んでいる写真でした。

夫・眞の副議長就任祝賀会にて島田先生と一緒に。 夫と島田先生は、共に市議会議員を経て、昭和58年に一緒に県議になったという関係上、20歳近くも年は離れていましたが、とても仲が良く、また、息子のように可愛がっていただいていました。

 夫は島田先生のことをいつも「おいさん(おじさん)」と呼びながら、先生に全幅の信頼を寄せていました。

 夫が亡くなった後も、島田先生は何度も仏様にお参りに来てくださいました。その時はいつも、玄関に入るなり
おい、マコちゃんはまだ帰らんかぁ?どこへ行ったんかのぉ~?
と大きな声で言っていらっしゃいました。

 きっと、今頃、先生は向こうの国で真に出会われ、
まこちゃん、ここへ居ったんかぁ~!久し振りじゃのォ~!
と言いながら、2人で再会を喜び合っている事でしょう。

 つづく・・・

豪雨災害⑤国からの支援

 政府は15日の閣議で、山口・島根県の豪雨災害に対し激甚災害に指定すると決められました。

 県内の公共土木施設の被害は1,371か所、170億5千万円。農林水産業関連は41億2千万円。被害総額は244億4千万円。

 このうち、今回、激甚災害に指定された復旧事業費の査定見込み額は、農林水産業関係が県内全域で18億8千万円。公共土木施設は萩市54億4千万円、山口市阿東が18億1千万円です。

 この指定を受けることにより、農地や水路、林道などの災害復旧事業の国庫補助率が1-2割かさ上げされ、最高で9割程度が国負担となります
 
 このことにより、被災した自治体の財政的負担が緩和されますので、速やかに災害からの復旧事業が進むことになると思います。

 この度の指定は、災害発生から2週間という、前例のない程スピーディなものでした。おそらく、国に対し、
1.安倍総理の現地視察の際に国の緊急措置とその早急な対応を強く要請したこと。
2.関係大臣や府省庁にも、激甚災害法の早期適用や災害復旧事業の早期採択などについて、県と議会が一体となって緊急要望した成果。

だと思います。

 今回の被災地域の大半は中山間地域であり、過疎化や高齢化が進む中での災害ですので、今ある地域の活力が低下しないよう、一日も早い復旧を望んでいます。

豪雨災害④8月臨時議会

青々とした田んぼの真ん中に車が・・・。 県はこの度の豪雨災害による復旧に対する補正予算を編成し、8月12日、それを審議するための臨時県議会が開催され、可決いたしました。

 補正予算総額は113億6,700万円、補正後の予算規模は7,037億5,500万円となっています。

 主な内容としては、

災害復旧事業(公共土木施設や農林水産施設の早期復旧):97億1,000万円
災害関連事業(民有林地の崩壊防止等の治山事業):4億7,600万円
被災者対策事業(被災者救済、生活再建支援、金融対策):2億3,500万円
その他の事業(民間施設等普及支援、道路・河川等に流出した土砂や倒木の除去):9億4,600万円

 これらは、現時点での被害状況に基づき、特に緊急に措置すべき経費についての復旧事業費や被災者対策事業費等が計上されたもので、県では、今後引き続きこの災害に対する被害実態の精査を努め、9月補正予算で必要に応じて追加の予算措置を講じることとしています。

 一日も早い復旧と、被害にあわれた皆様の心身のご回復を念願しています。

豪雨災害③知事要望

JR山口線。  自民党山口県連の役員は、お互いに連携を取りながら、各被災地の視察を終えました。

 大規模な土砂崩れや河川の氾濫等による被害は様々な分野に及び、家屋の倒壊や1,600棟を超える床上・床下浸水、断水や停電等、生活基盤に対する被害をはじめ、道路、河川、漁港施設、公立学校施設なども多大な被害が生じており、その影響は、地域住民の生活はもとより、農林水産業や商工業、観光振興等地域社会全般に深刻な影響を及ぼしています

 特に今回の被災地域の大半は中山間地域であり、過疎化や高齢化が進む中で、農業を始めとした第一次産業の振興や、SLやまぐち号などと連携した交流人口の拡大の取り組み等を通じて、地域の活性化に懸命に取り組んでおられましたが、今回の災害による甚大な被害の結果として、これらの取り組みが困難となり、地域の活力が低下してしまう恐れもあります。

 県においては、山本知事を本部長として「災害対策本部」を設置し、行方不明者の捜索、各種施設の応急復旧等について、国や関係市町、関係機関と一丸となって強力に進めておられるところですが、被災された方々の生活再建や公共施設等の災害復旧、農林水産業の復旧など地域社会の全体の再建が急がれます。

知事のもとに要望にまいりました。 そこで、これらの取り組みをさらに迅速、的確に進めて頂きたいという要望書を作成し、8月5日、新谷幹事長と友田政調会長と私の3人で、山本繁太郎山口県知事へ要望にまいりました。知事も全力で取り組みますという強い決意で対応してくださいました。

要望事項
①被災された方が他の生活支援について
②被災地域の早期の復旧・復興について
③激甚災害法の適用及び災害復旧事業の早期採択について
④農林水産業の支援について
⑤JR山口線・山陰本線の早期全線復旧について
⑥阿武川等の河川改修事業の早期実施について
⑦学校関係施設等の復旧対策について
⑧携帯電話俯瞰地域の早期解消について
⑨水没等により被災した自動車に対する税負担の軽減について
⑩観光面における風評被害の防止について

豪雨災害②阿東町徳佐視察

先日の記事 ①の続きです)
家の中を高圧洗浄機材で洗い流すなど、ボランティアで後片付けをされていました。 山口市阿東町徳佐のあるりんご園で、知人の会社の方数名が、後片付けをされていました。聞けば、この会社の従業員の奥様の実家であるとか。

 給水車や高圧洗浄機材を持ち込み、家の中をきれいに洗い流したり、家の周りに流れ込んだ土砂をバキューム車で吸い取ったり、りんご園の中に流れ込んだものを取り除いたりと、延々と続く作業に勤しんでおられました。

 園主(66歳)の方は、皆さんのお手伝いをとても感謝しておられました。そして、
この地が川の氾濫で流されるのは、これで3回目です。川が蛇行していること、その部分が狭くなっていることが原因だと思う。これからも、この地区に住んでりんごを作り続けたい。ぜひ、今回、川の抜本的改修をして欲しい
と涙ながらにお話されました。

屋根から救出された家族の方の家。この向って右側、離れたところに川が走っています。  このりんご園の隣の家の方は、3人の親子が屋根からヘリコプターで救出されました。この映像はテレビのニュースで何度も観ましたが、「まさか、この家が、こんなに川から離れた平野の中に建っていたとは・・・」「この位置まで、一気に濁流に巻き込まれたとは・・・」、どう考えても全く想像できませんでした。


 また、あるお宅は、家財道具を全部戸外に出し、消毒やゴミの回収を待たれている状況でした。家の中には、畳から50センチくらいの所に浸水した線が入っています。
家の前には家財や濡れた畳が積まれていました。 「家財の中には、家族の思い出がいっぱい詰まっている。手放したくないけれど、見るのも辛いから早く回収に来て欲しい。かろうじて、仏壇と神棚は守れました・・・」
と、声を詰まらせながら話されました。


 最後に長門峡自然休養村管理センターに設置されている「災害ボランティアセンター」に行き、お話を伺いました。多くのボランティアの方が積極的に入ってくださっているそうです。暑い中なので、皆さんの体調管理が気になるところです。

 岸先生がセンターを出られた直後、萩の視察を終えられた林芳正農林水産大臣が阿東町に視察に来られました。農林関係の被害も大きく大変な状況ですので、大臣のお顔も曇っているように見えました。

 続く・・・

豪雨災害①阿東町徳佐視察

岸県連会長と一緒に、JR鍋倉駅周辺にて、線路の橋脚から流されている様子。 山口県萩市須佐、山口市阿東、島根県津和野町は、7月28日、記録的な大雨に見舞われました。

 28日0時から19時までの雨量は、山口市阿東徳佐で324ミリ、萩市須佐町で351ミリであり、これは、例年の7月の1か月間の平均降水量を上回ったそうです。

 また、1時間に観測史上最大となる142ミリを記録し、気象庁は「これまでに経験したことのないような大雨」と言う表現をされました。萩市では死者2名、行方不明者1名という被害が出ております。

 先日から、新聞やテレビのニュースで、連日、その被害の大きさが報道されてきましたが、2日、岸信夫県連会長から、「阿東町の被災地を視察する」という連絡が入ってきましたので、総務会長として、同行させていただくことにしました。

 まず、阿東総合支所で、山口市長さんと総合支所長さんから被害状況について説明を受けた後、車に分乗して現地を視察させていただきました。

高校生のボランティアの方が懸命にリンゴ園内に流入した電柱等を除去していました。 被災地の悲惨な状況は、想像をはるかに超えていました。鉄橋は形もなく崩れ落ち、リンゴ園は大きな木が根こそぎ流出し、川の護岸はコンクリートがはがれおち・・・

 日本の原風景のような阿東町徳佐の穏やかな農村風景が、見るも無残な形になっており涙が出ました。

 ボランティアの方たちは、家に溜まった土砂を洗い流したり、濡れて使えなくなった家財道具を外に出したりと、汗を流しておられ、その一生懸命な姿に頭が下がりました。

 電気などライフラインは徐々に復旧してきているものの、不便な生活の中はまだ少々続きそうでした。

 自然の猛威を前に、なんと人間の力は小さい・・・と思いながら、阿東地域を一巡しました。詳細は続きで・・・ 

印刷物の最低制限価格制度の実施状況について

一般質問後の山口新聞 昨年12月18日、私は一般質問で「印刷物の入札制度について」質問しました。

 「インターネットの普及や景気の減速などから印刷物の需要は減少が続いており、先行きの見えない厳しい縮小傾向が続いている。

 しかも、県内の印刷会社は倒産や廃業により、平成18年から平成22年の5年間で、事業所が112から90と、2割も減少し、従業員数も1割減少している。この先の県内の印刷業界の事業継承そのものが危ぶまれる

 こうした中、受注獲得の為に、極度の価格競争が激化し、低価格での取引が繰り返されている。中でも、県庁などの印刷物に付いては、過去5年間の指名競争入札の平均落札価格が、予定価格の約40%台という、極めて低い価格での落札が続いている

 中小零細企業の多い県内の印刷業界にとって、こういった採算を度外視した低価格の流れは、県内印刷会社の衰退を招き、印刷物の品質低下に繋がりかねないと危惧している。

 県は、印刷物の低入札対策について強化すべきと考えるがいかがか?」

 これに対し、寺田会計管理局長は

 「近年、需要の低迷等を背景に、価格競争が激化しており、本県でも、低価格での落札が続いている。こうした状況が今後も続けば、県内の印刷事業者の衰退を招き、ひいては、印刷物の良質で安価な調達ができなくなるのではないか、と危惧している

 このため、県としては、低入札対策の趣旨がこれまで以上に徹底するよう、新たに、『最低制限価格制度』を導入し、入札制度の改善に努めてまいる
と答えられました。 
(質問全文はこちら 11月議会一般質問 ⑪印刷物の入札制度について
*新聞記事はクリックしたら大きくなります


 そして先日、議会中のある日、会計管理局の方から、その後の状況について説明を受けました。

 「今年1月23日から早速、この制度に則って印刷物の入札をした。その結果、予定価格が250万円を超える印刷物の一般競争入札は2件で、平均落札率は96.1%。予定価格が50万円を超える指名競争入札は116件あり、そのうち最低制限価格対象となる入札件数は20件で、平均落札率は73.1%だった」

 これまで、40%台の落札率でしたので、非常によい成果が出たと考えられます。また、導入当初の混乱もなく、制度は順調に定着している状況と聞き、ほっとしています。

 今後も適正価格での落札がなさるよう、見守っていきたいと考えています。

警察官の退職時の言葉に感動

文警委員長としてごあいさつをさせていただきました。 去る11日、文教警察委員会のお別れ会を開催しました。

 この3月を持って県警参与員の中から6名の方が退職をされますが、皆様のご挨拶を聞いてとても感動しましたのでご紹介いたします。

① 「被害者がワラをもつかむ気持ちで相談に来ていることを忘れるな」と、常に若い警察官に指導してきた。

② 警察はとにかく「捕まえるんだ」という気概でやってきた。この間、大半の事件は検挙できたが、検挙できなかった事件もあり、申し訳なく思っている。

③ 退職後は警察の良き理解者として、また一県民として、第二の人生を歩んでいきたい。

日本の国体の礎は、教育と治安にあると思う。文教警察委員会には頑張って欲しい。

警察職員であったことを誇りに思う。

⑥ 白バイに乗りたくて会社員から転職をした。退職を機に制服を脱ぐが、気持ちの中ではいつまでも制服を着続けていこうと思っている。

 警察官であることに自信と誇りを持って勤務され退職の日を迎えられた6人の皆さんは、晴れ晴れとした表情で実に堂々としておられました。県民の安心と安全を守るために、自らの命をかけて全力で取り組んでこられた皆様に感謝申し上げますと共に、心から大きな拍手を送ります。お疲れ様でした。
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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