家庭教育の重要性について

講師の丸山先生 去る9月19日、家庭教育「スマイルアップセミナー」の勉強会に参加してきました。この勉強会はシリーズで開催されており今回が5回目です。私はこれまで日程があわず、初の参加です。

 会場には若いお母さん方がいっぱい!小さな子供さん連れの人もいらっしゃいます。ちょうど、私の娘や孫たちと一緒の世代です。

 講師は、東京家庭教育研究所講師の丸山貴代先生(元同研究所の所長)。国内はもとより海外でも活動されていらっしゃる方です。

 「尊い命を育むには・・・中高校生期と親の生き方」という内容でお話してくださいました。
我が子の叫びに耳を傾ける
 ・「命の尊さ」を伝えたい
 ・親が感謝の心を忘れずに生きる

心を健全に育てる
 ・自尊心が芽生える・・・人生第二の誕生期(自己確立)
 ・心が二重構造になっていることを知るべき

親として生きるには
 ・家の習わし・家風を守り伝える重要性
 ・世のため、人のために役にたつ人間になって欲しいと願う
 ・子供の心の安定を支える

 心に染み渡る素敵なご講演でした。

 私自身も、また、我が家の3人の子供たちも、中高生の頃、何が不満なのかわからない程、心が不安定な時期がありました。その姿を思い出しながらお話を聞きました。

おいしい手作りの昼食 また、お昼にはおいしいご飯を用意してくださいました。

 皆さんが愛情込めて作ってくださいました。みんな手作りです。

 やはり、家庭に大切なのは食事ですね、と話し合いました。



 私は今、かわいい盛りの0歳から4歳までの4人の孫の成長を見せてもらっています。

 自分の子どもを育てる時には、運動する事、勉強する事など、何でもできて当たり前と思っていました。ところが孫ができて初めて、生まれてきてくれたこと、耳が聞こえること、目が見えること、お座りができること、ハイハイができること、歩くことができること、話ができること、自分でご飯が食べられること・・・など、当たり前と思っていたことがありがたく、不思議なくらい感謝の気持ちでいっぱいになります。

 抱っこをすると、愛おしくて、涙が出るくらい嬉しくなります。しかし、母親として自分の子供を抱いている時には、「早く大きくなって欲しい」、としか思わなかったような気がします。

 むしろ家庭教育の重要性を気づくのは、孫ができてからではないだろうかと思います。

 その感覚を持った人たちは、ぜひ、声に出して、家庭教育の充実に向け、発信していただきたいと願います。

すみれ保育園を見学して②

給食の時間。きちんと手を合わせて「いただきます」 鉄筋コンクリート2階建てのすみれ保育園の園舎は冷暖房が完備されており、1階には乳児室、一時保育室、子育て支援センター、2階には、2歳から5歳まで各年齢によって分けられた教室と遊戯ホールがあります。

 厨房はオール電化で、清潔・安全・安心な造りとなっており、そこで、園児の給食がつくられています。

 園児は周南市のみならず、山口市や防府市、光市などからも通園しておられます。その理由は、すぐ傍にある日新製鋼株式会社へ勤務されている方が、職場に近いすみれ保育園に子どもさんを預けておられるからです。

 2階の各部屋を見学している時、2歳児の部屋ではちょうど給食の時間でした。 園児の皆さんは、本当にお行儀よく椅子に座り、自分でスプーンやフォークを使って食べており、感心しました。

アレルギーの注意書き。  3歳児の部屋では、食物アレルギーの強い園児への注意書きを見ながら、担任の先生から本園の給食のアレルギー対策について教えていただきました。

 食物アレルギーによるショックの時には、園長先生が「エピペン」を使う準備をしてあるそうです。

 保育園は、子どもを預かるのではなく、子どもの命を預かるところだと改めて思いました。



園児のみなさんと一緒にトランプ遊び。 5歳児の部屋では、「一緒に遊ぼう!」と園児から声をかけられ、園長先生と一緒にトランプでばばぬきをして遊びました。子どものエネルギーはとても大きく、選挙運動で疲れていた私も大変元気になりました。

 園内を見学させていただいて、先生方の園児に対する愛情の深さをいろいろな場面で感じ取ることができました。このすみれ保育園で育った子ども達は、きっと優しい明るい子になるでしょう。見学させていただいて、ありがとうございました。

すみれ保育園の発表会を見学して①

発表会の様子。陰から先生が一生懸命サポートしていらっしゃいました。 すみれ保育園の山口満園長先生からご案内をいただき、2月22日の「第7回発表会」を見学させていただきました。

 乳児・年少クラスは1週間前に行われており、22日は年中・年長クラスの発表会で、歌・合奏・オペレッタ(歌劇)・体操など、とても見ごたえのある内容でした。

 会場には、ご両親やおじいちゃん、おばあちゃんなどが駆け付け、我が子・我が孫の成長を、目を細めて見ておられました。

 すみれ保育園は平成18年に「社会福祉法人すみれ会」の設立からスタートしました。19年1月に園舎の竣工式を行い、4月に開園。現在は定員90名、職員27名の大きい保育園となりました。

組体操。 入所対象は0~5歳、休園日は12月29日~1月3日のみで、休日も保育がある、とても特色ある取り組みをしておられます。

 私は山口園長とは、平成6年から8年間にわたって民生児童委員の主任児童委員を共に頑張ってきた仲間です。この間、子どもに対する熱意の大きさを感心してみていました。この園の立ち上げ時に相談を受け、以来、県議として関わり、ずっと応援しているところです。

2007-01-19 「すみれ園」の竣工式に出席して
2008-03-29 すみれ保育園の初めての卒園式

築山など。園庭の様子。 今回の訪問は久しぶりでしたので、新しい施設が増え、敷地も広くなっていることに驚きました。
   平成23年11月、駐車場やサブグラウンド・菜園の整備
   平成25年 3月、築山完成。
     〃  4月、園章・園歌完成

 ソフト面、ハード面共に充実してきた様子を山口園長先生からお聞かせいただきましたので、少し詳しく紹介します。  

   続く・・・

小郡幼稚園を訪問して⑫「ふるさと」(終)

横田さん夫婦と一緒に。拉致国民大集会(H24.9)にて 私は現在、県議会で「拉致問題を考える議員連盟」の会長を拝命しています。また、10年前からは「拉致被害者を救う会」のメンバーとして、この活動によく参加します。

 横田めぐみちゃんのお母さまとも何度もお目にかかり、色々なお話を聞かせていただいています。以前、講演会で次のように言われました。

めぐみは13歳の時、いきなり拉致され、工作船の狭い船底に押し込まれ、日本海の荒波の中を対岸の国へ連れて行かれました。『お母さん助けてー!お母さん助けてー!』と船底を引っ掻きながら泣き叫び、着いた時には両方の爪がみんな剥げ、血だらけになっていたそうです

「私は毎晩、空を見上げながら、『このお月さんを、めぐみは今、向こうの国で同じように見ているだろうか。めぐみは元気だろうか』といつも泣いています」

 我が子を拉致された親の気持ちが痛いほど胸に突き刺さります。また、お年を取られたご両親のお姿を見ながら、「早く連れて帰ってあげたい。思いっきり抱かせてあげたい」と思います。

 この拉致の大会では、必ず最後に「ふるさと」の曲をみんなで歌います。


 兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川
 夢は今もめぐりて 忘れがたき ふるさと

 如何いかにいます 父母 恙無しや友垣
 雨に風につけても 思い出ずる ふるさと

 志を果たして  いつの日にか 帰らん
 山はあおきふるさと 水は清き ふるさと


 実は、私は、この曲を歌う時、涙が出て全く歌えません。 それはお母様のお月さんの話のこともありますが、私の生まれた所がこのような自然豊かな地区であり、その光景を思いながら歌うと、必ず亡くなった両親の姿を思い出すからです。「もっと親孝行しておけばよかった・・・」「あの時、素直に『ごめんなさい』って言えばよかった・・・」「あの時、『ありがとう!』って言えばよかった・・・」と、いろいろな想いがこみ上げてきます。

 他の人に話したところ、それは多くの日本人に共通している感情のようです。

 しかし、現代社会においては、出身地が田舎と言う人もどんどん減少し、「ふるさと」を持たない人も増えてきました。

 この人たちにとって、この曲は、よその世界の話のように聞こえるかもしれませんが、日本の原風景を保っている藪台(里山保育を行っている地区)に通い、思う存分遊ぶことのできる小郡幼稚園の園児たちは、この「ふるさと」の歌の意味をしっかり感じ取ることができると思います。

干し柿のほしてある光景も近年はなかなか見なくなってきました。 純和風のMさんのお宅。納屋の軒先に暖簾のようにきれいに並べて干してある干し柿。着替えをさせてもらった廊下。きれいに手入れをされたお庭。家の前の畑やせせらぎ。いつも優しい笑顔で迎えてくださるMさんご夫婦。

 これらの全てが、園児たちの心に残る大きな宝物です。この子たちは大きくなった時、Mさんのお宅を「どこだったっけ?」と懐かしむのではなかろうかと思います。

 やはり藪台の自然は、みんなの「心のふるさと」ですね。本当に素晴らしい体験を園児たちにさせてくださる園長先生をはじめ、諸先生方に心から敬意と謝意を表します。

写真の左上がタブの木です。 いつも私が言っている幼児教育の大切さを、改めて強く思いました。この小郡幼稚園の他にも立派な幼児教育をされている幼稚園や保育園はたくさんあろうかと思います。

 今回、私がシリーズで書いた理由は、私たち子育てを終えた者は、地域の幼稚園からご案内があるお遊戯会や卒園式、運動会などの行事の他は、幼稚園の中に入ることは殆どありません。

 私はたまたま県議ということで、園内の見学を許していただき、日々の子ども達の様子を見せていただくという貴重な体験をさせていただいたので、食育や遊びなどについて、私がいつも思っていることと併せて書きとめ、皆様に報告した次第です。

 皆様の中で、「この幼稚園、この保育園はすごいよ」というお薦めがありましたら、教えてください。ぜひ訪問してみたいと思います。

***参考***

 「ふるさと」の歌を作詞されたのは、我が母校・徳山高校の校歌も作詞された文学博士・高野辰之氏(1876~1947)です。

高野さんは他にも
♪「春が来た、春が来たどこに来た・・・」
♪「春の小川はさらさら行くよ・・・」
♪「菜の花畠に入り日薄れ、見渡す山の端 霞深し・・・」
♪「秋の夕日に照る山紅葉・・・」
など、美しい言葉を紡ぎ出し、日本の風景を見事に表現した唱歌を数々作られました。ぜひ、情景を描きながら口ずさんでみてください。

小郡幼稚園を訪問して⑪神仏に守られて

 今回、小郡幼稚園の「育ちあい交流会」に参加し、園内の様子を見学させていただき、子ども達の隠れた能力や才能をたくさん見せていただきました。

 「園児たちが好き勝手に、滑る山道を走って上がったり下りたりしたら、転んで怪我をするかもしれない。頭を打つかもしれない。危ないだろうが、一体、誰がどうやって、それをサポートするのだろう・・・?」

山に入る前の様子。このときは「この子たち大丈夫かなぁ」と見守っていますが、全くの杞憂でした。 そう思ったのは、私の思い過ごしでした。子ども達は、上手に危険を回避します。

 それは、的確な判断力を園児自身が持っているからです。更に、自分が危ないと思った場所は、他の子へ声掛けをし、注意喚起をすることもできます。

 テンションが上がりすぎると興奮し、怪我をする危険度が増すことも、知っています。転ばないためには、日々の遊びの中で、脚力を付けることが大切と言うことも自然に学び取っています。これら隠れた能力・才能、全てが15番目の驚きです。

 また、園の「裏の畑」(この日は見学ができませんでしたが・・・)にはオガタマノキ(招霊木)が中央に植えてあり、守り神として、園庭で遊ぶ子ども達を見守っているそうです。

 山の入り口の「タブの木」をはじめ、園児たちは、神仏の大きな力に守られて育っています。目に見えないものを畏れ敬う心の大切さを教えておられる教育を大変素晴らしいものだと感じました。

 今回、たった一日の見学でしたが、まだまだたくさんの感動や気付きを頂きました。しかし、あまりに多すぎて書ききれません。またの機会に書かせていただきます。


 続く・・・

小郡幼稚園を訪問して⑩保護者と学校との連携

園庭の様子 私はこの特別支援の園児に対する方針を聞いた時、改めて、教育の本質に気付きました。

 と言いますのも、ここ数年来、特別支援学校の高等部の生徒が増加していることがとても気になっていたからです。

 その理由の一つに、中学校を卒業する時、成績が思わしくない生徒に対し、先生はいろいろ熟慮された結果、特別支援学校の高等部に入ることを勧められるのではないかと思っています。

 園児の時にでさえ、「特別視しない教育」をする必要があるのであれば、高等部のあり方についても、もっと考える必要があります。

 中学を卒業する時、学校の成績が思わしくないのであれば、何か技術を身に付けるための方策を考えるなど、本人の意志を基に、家族や学校の先生と一緒に、
「この子が一人前に自立して生きていくにはどうしたらいいか」
と言う話し合いが最も大切ではないか
と思います。

 そうしないと、高等部を卒業する時に、また同じ壁にぶつかるのではないでしょうか。

 「幼稚園の時はこうでした。小学校の時はこうなりました。中学校ではこうしてください。高校ではこうあって欲しいです」
と、親御さんが、学校に出向き、きちんとお話をし、前向きに進めることができるシステムが必要ではないかと感じました。

 今回、その第一歩を見せていただき、とても重要な、大きな気付きをいただいたような気がします。

小郡幼稚園を訪問して⑨ 支援が必要な園児に対して

読み聞かせの様子小郡幼稚園を訪問して⑧の続きです) 

 このミーティングでは、交流会に参加された他の幼稚園の先生との意見交換会もされていました。

 その中で、若い先生から
「私が担任のクラスに多動の園児がいる。手を取るので、他の園児のことが充分にできないことにもどかしさを感じる。支援の仕方がわからない
と質問が出され、他の先生方から、色々な意見や具体的な実践例が紹介されました。

 私も、うちの子ども達が保育園に通っている頃のことを思い出しながら、
若い先生だからできること、また、経験豊かな先生でないとできないことも多々あったなあ。色々な人を巻き込みながら、各園児に関わっていくことが大切なのでは・・・」
と思いながら、先生たちの意見を聞いていました。

 ベテランの先生は
「支援が必要な園児の親に対する接し方も大切です。ご両親がまだ気付いていらっしゃらない場合もありますが、殆どの場合は、母親が一番心配しておられるようです。
 親御さんの悩みを、家庭と園で共有し、共通の話題で一体感を持つことが大切です。
 その信頼関係の中で、家庭と幼稚園が一貫性を持つと、およそ3カ月経った頃には、多動などの症状が軽くなり、支援の手もあまり必要なくなり、温かい目で見守るだけで、特別扱いをしなくてもよくなりますよ。
『あまり心配しないで、子育てを楽しみながら、子どもさんと一緒にいっぱい遊んでください』と助言されるといいですよ」
とお話されました。

 実際に、支援が必要な園児には加配の予算が付けられ、いつも傍で見守ってくれる人が付けられます。その時、
「自分は他の子どもと違うんだ」
と、その子自身が気づくのだそうです。
自分には支援が必要だということを、自覚をさせない」「みんなと一緒」が、その子を伸ばす一番の手だそうです。 14番目の驚きです。

厳しいかもしれませんが、『つきっきりにするなどの特別扱いはしない』という態度で、『何事も自分でやらなきゃ、生きていけない』ことを教えることが、その子の『生きる力』を伸ばしていく教育です
という園長先生の言葉に、私は大きく頷き、納得しました。

小郡幼稚園を訪問して⑧ミーティングに参加

皆で園のミーティングに参加。 私たち交流会のメンバーは、その後、園の先生達のミーテイングに参加させていただきました。

 その日の園児たちの様子やいろいろな出来事を、各クラスの担任から報告があり、情報を共有されるようです。園児は、各担任の先生だけでなく、園全体で見守り育てておられますので、その共有化によって、次の日の言葉かけが大きく変わってくるのでしょう。 

 先生たちの尽きることのない熱心なミーテイング。毎日1時間半くらい行われるそうですが、実に自信を持って幼児教育に携わっておられると感じました。

 きっと、私が顧問をしている蓮生まこと幼稚園などでも同じようにされているのだと思いますが、先生たちにはこのミーテイングの中で、さまざまな「仕掛けを考える力」を培っておられるのではないかと思いました。

 また、この日、実習に来ていた大学生たちもそのミーテイングに参加していました。先生たちの発言を、一言一句聞き漏らすまいと耳を澄まして聞いている様子でした。 将来はきっと素晴らしい保育士になられることを期待しています。

 続く・・・

小郡幼稚園を訪問して⑦園庭遊び

100回連続で跳べたらカードがもらえます。列を作ってまってます。 そのうちに、園児たちの元気な声が園庭から響いてきましたので、2階のテラスから、園児たちの遊ぶ様子を見ました。

 まず目に入るのが、園庭のあちらこちらで、先生が長縄の片方を遊具に結びつけ、大きく回しておられる光景です。その傍には、子ども達の行列ができ、順番に跳んでいきますが、100回連続して跳べると、カードが一日一枚もらえます。

 この日は200枚目、300枚目の園児がおられ、園長先生から「おめでとう!」と認定証をもらっていました。

 これまでの最高記録は500枚以上だそうですが、「毎日100回跳ぶこと」を500日続けるということは、とても地道な努力です。本当にすごいなと思いました。

園庭は一方通行。みんなルールを守って遊びます。 また、園庭の外周には、1本の白線が引いてあり、その線に沿って、園児たちはバイク、スケーターなどで走り回っています。よく見れば、一方通行になっており、ぶつかる危険性をなくすためのルール作りがなされています。

 また、園児たちは、ジャングルジム、太鼓橋、ブランコ、ジャンボすべり台、クスノキやイチョウの木へののぼり棒、うんてい、クスノキ櫓(やぐら)などの様々な遊具で、自主的に全身を使って遊んでいます。裸足の子供もたくさんいます。その姿は見ていても飽きません。

 そのうちに、音楽が流れ始めました。すると、先生から何も指令は出ないのに、園児たち全員が、それぞれ遊んでいた遊具を一斉に片付け始めます。ボーっと立っている子もいません。みんなで片付けるので、小さな子ども達だけであっても、見事にあっと言う間に終了。お片づけの習慣と、みんなで協力することの大切さを教えておられる様です。

一斉に片づけを始めます。 園庭での園児たちの元気に遊ぶ姿と、音楽が鳴ると同時に反射的に片づけることができる姿に13番目の驚きです。

 その後園児たちは中に入り、教室や廊下の雑巾がけにかかります。雑巾を固く絞って教室をきれいにお掃除。感謝の気持ちが芽生えます。

 その後、園児服への着替えをし、わらべ歌を歌ったり、絵本を先生に読んでもらったりしながら、2時の降園を待ちます。

 園では、特にわらべ歌の活動に力を入れておられます。わらべ歌は、2人連れでするものが多いそうですが、心が満たされている子は、誰とでも手をつなぐことができるのだそうです。日本人の心のふるさとでもありますので、大切にしながら、1曲でも多く教えて欲しいと願っています。


続く・・・

小郡幼稚園を訪問して⑥給食

小郡幼稚園を訪問して⑤の続きです)

 里山体験後、また園長先生の車で幼稚園に帰り、給食をいただきました。

 この日は、外部の委託業者から届けられるお弁当と、園で作られたお味噌汁。午前中、全身を使って遊んでいた園児たちはおなかペコペコ。机につき、姿勢を正してお行儀よく食事を摂りました。

給食も園児と同じ献立で量を多くしたものをいただきました。 私たち交流会の参加者も園児と同じもの(大人用)をいただきました。お弁当のご飯は赤米入り。色とりどりの野菜中心の美味しい副菜。園児たちの残食も殆どゼロ。食品アレルギーをはじめ、調理法や食材などについて、園と委託業者との緻密な連携が見受けられました。

 また、美味しいお味噌汁の具材は園の畑で作られたサツマイモと地元の油揚げお味噌は園長先生の手作り。お味噌の他にも園長先生のこだわりの手作りの品は塩麹と梅干。業務だけでもお忙しい園長先生のどこにそんな時間があるのでしょう?12番目の驚きです!


 心身ともに成長期にある園児達にとって、毎日の食事はとても大切です。今日食べたもので、明日の、1年後の、10年後の身体がつくられます。更に、食事は、大勢の人で、また、家族一緒に摂る方が楽しく、いっそう美味しくいただけますし、その間に、心が育ちます。

 ひょっとすると、食事は「美味しいねぇ~!」とお話をしながら楽しく頂いてこそ、心身の栄養になるのかなとも思います。

 また、昭和50年代の半ばから一気にコンビニが普及し、私たちの食事は大きく変化しました。お弁当、サラダ、おでんなど、何でもお金さえ払えば簡単に手に入ります。

 そんな中で育った子ども達が今、親の世代になっていますので、昔の日本の食卓とは大きく様変わりしていることは、想像するに難くありません。食育は親子共に学んでいただきたいと願いなら、みんなでお給食を美味しくいただきました。


 さらに、先日「和食 日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産への登録が決まりました。私が子育ての世代、台所に立つ時は当たり前のように「一汁三菜」を基本にメニューを作っていました。

 よく言われる「おふくろの味」。
 私の母は、ハイカラな料理を作ることはできませんでしたが、15年前に亡くなった母を思い出す「おふくろの味」は、ここに書ききれない程たくさんあります。殆どのものを手作りしていました。今でも、もう一度食べてみたいと思います。

 一方で、私自身、私がいなくなった時に、子ども達は何を持って「おふくろの味」として私を思い出すのかと考えたら、少し怖くなります。

 最近は外食も増え、和食の味を家庭で受け継ぐことが難しい状況になっているようにも感じますが、ユネスコへの登録を機に、和食文化の素晴らしさを国民全体で考え、各家庭で、後世に繋いでいくことが大切な事だと思います。


 続く・・・
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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