友人のお譲さんの結婚式に出席して

 友人のお嬢さんの結婚式にご招待を受け、私は、お嬢さんのこともよく存じ上げていますので、喜んで出席させていただきました。

 お母様の愛情をいっぱいに受けて育てられた新婦さんは、優しくて、明るくて、そして、人に尽くすことをいとわない、誰からも愛される笑顔の素敵な頑張り屋の助産師さんです。

 彼女は、結婚を機に、総合病院の産科での仕事を辞め、1月からは住まいに近い病院でパートの助産師さんとして働いておられます。結婚式には、元の職場の先輩が多数来られていました。

 とてもきれいな花嫁さんを見ながら、皆さんは、
将来は、うちの病院を背負って立つ人になると期待していたのに・・・
「全てを任せられるようになったのに・・・」
と口々に言われていました。その言葉は、まるで私の娘に言ってくださったかのような気持ちになり、とても嬉しく思いました。

 新しい生命が誕生するには、母親が命がけで出産しなくてはなりませんが、それを傍で支え、手助けされる助産師さんには、大きな社会的責任が課せられています。

 助産師さんの両手から、新しい命が誕生すると言っても過言ではありません。また、助産師の仕事は、出産に関わるという限定したものではなく、女性の一生に寄り添い、女性の心と身体のケアをする仕事です。

 例えば思春期の今から子供を産んでいく女性に向けて、命の教育が的確にできるのも助産師さんだと思います。

 医療界には男性の看護師さんが増えていますが、助産師に関しては女性であることが限定されているようです。それも、このあたりの繊細な感覚が必要だからかもしれません。

 「助産師さんの働く環境はとても過酷であり、自分の体調管理だけで精一杯の時もありますので、新郎は充分ご理解していただき、どんな時も、新婦を守って、幸せにしていただきたい」と、挨拶の中でお願いをしました。

 新郎新婦には助け合って、笑顔いっぱいの幸せな家庭を築いて欲しいと願っています。

「守破離」の言葉を頂いて

 高橋史朗先生の講演の時、併せて、書籍販売を企画しました。私も先生のご著書「対談集『主体変容の教育改革!』人づくり・国づくりを考える」を買い求めました。

 その後、先生にサインを頂く機会を得ました。先生は、他の方には「大丈夫!」と言う言葉をサインと共に書き込まれていましたが、私には
 「あなたは議員さんだから」
とおっしゃって、
 「藤井律子先生 『守破離』 高橋史朗
と書いてくださいました。

 恥ずかしながら、私は守破離と言う言葉を茶道の中でしか聞いたことがなかったので、「議員だから」と言う先生の意図がわからず、ただ
「ありがとうございます」
と言って、質問の機会を逸してしまいました。

 帰宅後、私は、「守破離」について調べてみました。

********

 修行の段階をあらわす教えで、600年前に能の世阿弥が「風姿花伝」のなかで展開した芸能論の一部で、『風姿花伝』からヒントを得た千利休が、茶道の作法を読んだもの。師弟関係を重んじる武芸(空手道、剣道、書道、茶道、華道など)の世界ではよく使われる言葉。

【守】
 ひたすら師匠(上司・先輩)の教えを守っていく時期。
ひたすら話を聞き、完全にできるようになるまで、師匠の行動を真似て、自分のものにする。

【破】
 今までの考え方ややり方の枠を超えていくこと
。師匠の教えどおりにやるだけではなく、自分なりの考え方ややり方を少しずつ盛り込んで試行錯誤を始める。

【離】
 師匠の教えを土台に、自分なりの考え方ややり方を盛り込みながら、プロフェッショナルへの階段を駆け上り、師匠の庇護の下から離れていく。

 弟子(部下・後輩)を教える立場になることができる。

 「守」の時期にいい師匠にめぐり合って、きちんと真似ることができ、型を身につけた人だけが「破」の時期の楽しさを味わうことができるのであれば、スポーツや芸事だけでなく、仕事も同じだと思いながら、高橋先生は私に「本物の議員」になって欲しいという思いを込めてのサインであろうかと思いながら、本を読んでみました。

 すると、251ページにはこう書いてありました。

*******

 千利休の「守破離」の「守」とは、師の型を学んで、「型」の「格」に至るという事です。
 その手本が今大人にあるのか、親にあるのか、教師に、官僚に、政治家にあるのかと言う問題が根っこにあるのではないでしょうか。
 この「守破離」の精神を現代に蘇生させる必要があります。


*******
 
 現代社会の中で、「範」となる人たちがいなくなったという指摘であろうかと思います。子供に自信を持って見せることができる「背中」を持った親になれるよう、また、3期目の議員にふさわしい行動がとれるよう、これからの頑張って行かなくてはならないと改めて痛感した次第です。

 高橋先生、素晴らしい言葉をありがとうございました。

高円宮典子女王殿下のご婚約内定

 去る5月27日に高円宮典子女王殿下と出雲大社禰宜の千家国麿(せんげ・くにまろ)氏のご婚約内定の記者会見の様子をテレビで拝見しました。

 典子女王殿下のしっかりとしたお話しぶりは、お母様の高円宮久子妃殿下譲りでしょうか。とても落ち着かれており、凛としたお姿が印象的でした。

出雲大社 また、千家国麿氏の
「私どもの家の初代が、皇祖 天照大神の次男と伝えられております。その2000年を超える時を経て、今こうして、今日という日を迎えたということに、深いご縁を感じております」
というお言葉をお聞きし、私は、神話の世界に一気に引き込まれながら、自然と日本が神国であることを実感しました。

 昨年は伊勢神宮と出雲大社のご遷宮の年でありました。この度のご婚約内定は、大変素晴らしいご慶事であり、日本国民の一人として、とても嬉しく思います。

大関・把瑠都の初優勝

 相撲についてあまり詳しくはないのですが、このたび、大相撲初場所で初優勝した大関・把瑠都のインタビューをニュースで見ました。

 テレビには応援のためにエストニアから来日していた把瑠都関のお母さんの優勝を喜ぶ姿が大きく映し出されており、把瑠都関はインタビューの中で
お母さんがいなかったら私はいない。産んでくれてありがとう」。
と、少し涙声で答えられていました。

 お母さんも、その後のインタビューで
よく頑張りました。大きくなっても、私にとっては小さな子どもです
とおっしゃっていました。

 故郷を遠く離れ言語も文化もしきたりも違う国で、国技であるが故に特別な厳しさのある相撲界の掟の中、この日を迎えるには、人には言えない苦労がたくさんあったことと思います。

 把瑠都関の日本での生活を不安と心配の中見守られているのは、やはり、お母さんでしょう。息子が夢を叶えるために、遠い国から一番の理解者として、いつもエールを送っておられたことと思います。

 親が子を思う情の深さを痛いほど感じ、涙が出ました。

 マイクを通して、素直に感謝の言葉を言われた把瑠都関と、そんな息子に育てられたお母さんに、感動を覚えたニュースでした。

「明るくにっこり」

今年も「明るくにっこり」頑張ってまいります!
 一昨年、私は倫理法人会に入会し、いろいろな勉強をさせていただいています。この会は全国組織ですが、周南市にも支部があり、地元の経営者の方や、その社員の方々など、20代から60代の方が多数、入会しておられます。

 毎年、年の初めの例会では、全員で書初めをします。書く文字は各人の自由です。四文字熟語だけでなく、信念・誠実・絆など、好きな言葉を書きます。

 私は、「明るくにっこり」と書きました。特別な意味はありませんでしたが、今年は、「気持ちに余裕をもって、人に接していきたい」と思ったからです。そして、その後に「平成24年 りつ子」と書いて、ふと、「にっこり」の中に、「りつこ」の文字があることに気付きました。

 そして、この書初めは、誰に見せることもなく、自宅に持って帰り、パソコンの前の壁に貼りました。

 その日から1週間後の12日の夕方のことです。ある会合に行くと、徳山商工会議所の藤井会頭から、今年の会議所の新年会の写真が数枚届けられていました。

その封筒の表書きに、なんと「藤井にっこり県議様へ」と書いてあるではありませんか!本当に驚きました。そして、今年は、何かいいことが起こりそうな気がしました。

 改めて、今年一年、「にっこり」笑顔で、「明るく元気に」暮らしたいと思いました。

今年の漢字「絆」

後援会誌「絆」のロゴです。 毎年12月12日の「漢字の日」に京都の清水寺で、その年の世相を表した「今年の漢字」が発表されます。過去5年の漢字は、昨年から順にさかのぼると「暑」「新」「変」「偽」「命」でした。

 そして、今年は、大きな被害をもたらした東日本大震災や「なでしこジャパン」の活躍などを受け、「」となったそうです。

 実は、私の機関紙の名前も「絆」です。
 
 夫の遺志を継いでの出馬を決めた際、第1号を発行するにあたり、今まで亡き夫・真が多くの皆様と結んできた絆、私を支えてくださっている皆様との絆、家族との絆、地域の絆・・・それらの絆を大切にしていこうという気持ちから、
「このネーミング以外には、考えられない!」
と思い、決めた日のことを、今もよく覚えています。

 先日も、新しく13号を発行したばかりですが、その際にも、「会報届いたよ」ではなく「絆、届いたよ!」というお言葉を多く頂きました。皆様に「絆」という名前が浸透してきたようで、とても嬉しく思っています。
 
 このような時代だからこそ、家庭や地域の「絆」の中で、誰もが安心して住みやすい社会づくり、また子供たちが心豊かに育つ社会づくりに向けて、なお一層頑張らねばという思いを、改めて強く感じました。

「小さな親切」運動で感謝状をいただきました

 先日19日、「小さな親切」運動山口県本部及び小郡支部の推進大会が山口市で開催されました。

感謝状をいただきました! 私は、この大会で、県本部運動功労者として、「小さな親切」運動山口県本部本部長の田中耕三本部長から感謝状をいただきました。

 当日のプログラムに掲載された私の功績概要は
 「平成4年から現在に至るまで、長年にわたり徳山支部推進委員・実行委員として活動を指導されています。また、平成20年11月、周南市「小さな親切」運動連合会の設立、及び、平成22年12月周南市議会の『「小さな親切」推進都市宣言』決議に尽力され、周南市全域における「小さな親切」運動の普及・推進に多大なる貢献をされております
となっておりました。

 この20年間、磯村仁前会長や国冨晃会長さんのご指導の下で、「小さな親切」運動に関わってきたそのご褒美だと思います。

 私個人の活動を認められ、感謝状をいただいたのは、民生児童委員・主任児童委員に次いで二つ目ですが、ごく普通のことをしていただけであり、気恥ずかしい思いもあります。

しかし褒められることは非常に嬉しいですね。これからも「小さな親切」が明るい町づくりのもとになると信じ、「小さな親切」の種をまき続けてまいりたいと思います。

 ありがとうございます。

****

 受賞の様子が山口新聞に掲載されました。

 http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2011/1120/4p.html

メールで救われた辛い時

 今の私の生活の中でパソコンは欠かせない必需品の一つですが、パソコンを始めたのは、9年前からです。 

 亡き夫の時代、昭和62年の選挙直後から、後援会事務所ではパソコンを導入しました。夫の独特の選挙活動に添った特別なソフトを友人に考えていただき、プログラムを組んでいただきました。山口県の県議の中で、パソコンによる名簿管理を始めたのは一番早かったのではないかと思います

 しかし、パソコンによる作業は、全て事務所で行っていたので、私は全く触ったこともありませんでした。

 平成13年9月、夫が亡くなった後、ショックから抜け出せず、私は、1年間、家から出られなくなってしまいました。

 その時、息子に勧められて始めたのがメールでした。パソコンを購入した時点では、キーボードの打ち方も、パソコンを起動する方法も知りませんでしたが、少しずつ練習し、メール送信ができるようになると、その便利さと楽しさに心が奪われました。特に、引きこもり状態の時は、社会とコンタクトが取れることがとても嬉しかったです。

 心の苦しさをメールで友人に送ると、友人の優しさがメールで返ってきます。そして、友人の返事を待つことで、苦しい「とき」が過ぎ去っていくのを待ちました

 今では、ネットもメールも生活の一部。パソコンがなくては全く生活できません。

 今日も、情報収集のために、いろいろな人のブログをチェックしていると・・・エッ?何と、私の写真が・・・。

 皆さんもぜひ見てください!http://ameblo.jp/hc-yamaguchi/
  その中の、2010-10-14の記事にも載っていました。

七日日(なのかび)にお墓参り

両親が大好きだった山法師の花です
 今日は私の57回目の誕生日です。立秋とはいえ、最も暑い時で、「母もきっと大変だっただろうな・・・」と、改めて母に感謝の一日でした。

 小さい頃から
「りつ子はいい日に生まれたね。七日日(なのかび)に生まれると、仏様が守ってくれるんだって。それと、この日はお盆を前に、お墓のお掃除をする日だよ
と、祖父母や両親によく言われていました。

 この時期になると、いつもこの言葉が頭の中をよぎり、必ず、藤井家と実家のお墓参りに行きます。

 藤井家のお墓は、近所のお寺の上の小高い丘にあり、眼下に瀬戸内海が見えます。8月1日には、檀家による墓地の一斉清掃が行われました。今日も、殆どの家がお参りを済ませていました。

 しかし、実家のお墓がある周南緑地の市営墓地に行った時、少し寂しい思いがしました。

 実家のお墓は兄夫婦がきちんとお参りをしてくれていましたが、墓地内で、掃除が済んでいるのはごくごく一部のみ。約2割程度です。草が生えているお墓もあります。

 「お墓は大切にしないと、バチが当たるよ。ご先祖様のお陰で、私たちの命はあるんだからね
と、母がよく言っていた言葉を思い出しながら、ご先祖様に感謝の言葉を述べ、手を合わせました。
 
 次の世代に伝えていくべきことの一つであろうと痛感しました。

初のラジオ出演の報告

 「初めてのラジオ出演!」とても緊張しました!

とても緊張しました
 パーソナリティは、吉永達哉さんと有井美穂子さんのお二人です。有井さんとは以前から親交がありましたが、吉永さんとは初めての出会いです。とてもさわやかなお二人と、楽しいひと時を過ごしました。

 コミュニティFM局「しゅうなんFM」(FM78.4Hz)のスタジオは、下松市のザ・モール周南の1階にあります。

 スタジオの周囲はガラス張り。館内には、ラジオ放送が流れていますので、買い物に来られたお客さんは、スタジオの外で、収録の様子を見ながら聞くことができます。

 私に出演依頼があったのは、『ラリー・ボイスjam784』の『街かどスケッチ』(12:35~13:00)という番組で、「周南地区で頑張っている、また、地域に貢献している人や団体を紹介するコーナー」です。(少々、気恥ずかしい思いです・・・)

 初めての経験なので、何を話そうかと思っていましたが、「聞き上手」なパーソナリティのお二人が、話をうまく引き出してくださいますので、その流れに沿ってお話させていただきました。

 日常の議員活動について、また、特に、女性議員として強い思いをもって活動している「障害者福祉」や「子育て」「心の教育」の重要性について話しました。

 話題の引き出し方、話の進め方が上手なお二人は、私が
女性の常任委員会委員長は、137年の歴史を持つ山口県議会の中で2人目です」
と言った時には、
「えーっ!!」
と大きな声で反応があり、講演や議会報告会の時などとは違う面の面白味もありました。

 途中、吉永さんが私のホームページについて、2回もご紹介してくださいました。何と、その時間帯の私のホームページへのアクセス数が一気に増えていました。これがマスコミにおける情報発信力の強さだと、改めて知りました。

 この発信力が災害時などに大きな力を発揮するものです。「しゅうなんFM」の今後益々の活躍に大きな期待をしております。


 番組サイト『ラリー・ボイスJam784』
 http://www.fms784.co.jp/modules/program/index.php?content_id=4
プロフィール

ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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