NPO法人「周南いのちを考える会」の総会に出席して

総会の一場面。 5月18日、NPO法人「周南いのちを考える会」の平成26年度定期総会が開催されましたので、理事の一人として出席しました。

 この会は、がん末期の激痛に苦しみながら亡くなられた同室の40代の女性の姿を見、緩和ケアの必要性を感じられた前川育さんが、数名の方と一緒に設立されました。

 2001年6月にNPO法人設立総会。この時、後に顧問になっていただいた波多江伸子先生の講演会を開催。翌年6月、アルフォンス・デーケン先生を迎え、講演会。1,000人以上の方が聴きに来てくださいました。この頃から「緩和ケア病棟開設」の市民運動が一気に加速しました。

 2003年、「市民のためのホスピスケア講座」を開始。以後、毎年、5―6回シリーズで講座を開催しています。また、山崎章郎先生や、鎌田實先生、垣添忠生国立がんセンター総長など、著名な講師を迎え、講演会も開催してきました。

 また、2008年には、社会保険病院徳山中央病院に、念願の緩和ケア病棟(特例病床25床)を開設されました。

 さらに、2009年から、山口県立総合医療センターに、がん患者さんやご家族のための「きららサロン」を開設。毎週火曜・木曜に、病院と連携し、ボランティアメンバーが患者さんからの相談に当たっておられます。

 また、患者と家族のための「そよ風」を毎月第2木曜に開設。がんと告げられた時の不安、再発の不安、死の恐怖など、さまざまな不安や苦しみを持つ仲間との交流の場となっています。

 小さなNPO法人であるのに、これまで、このような活動ができたのは、前川代表が、「大切ないのち」を守るために全力で立ち向かってこられた結果でありますし、メンバーが代表を信じて、ついて行かれた成果でもあります。

 現在、日本人男性は2人に1人、女性は3人に1人ががんになると言われています。検診は、ぜひ、積極的に受けて頂きたいと思います。

 そして、もしも、ある日「あなたはがんです」と医師から言われた時、どうしたらよいか、各人が本気で考える時だと思います。

 NPO法人 周南いのちを考える会 ホームページほこちら


***参考***

 平成13年9月に夫を亡くした私は、たまたま新聞記事で前川さんの活動を知り、電話をさせて頂きました。

 すぐに前川さんはご仏前にお参りをしてくださり、私は、誰にも言うことのできなかった胸中の苦しみを、泣きながら吐き出させて頂きました。

 その時からの御縁で、以来、ずっと一緒にいろいろな活動をさせて頂いています。前川さんの優しくて細やかな心配りに、いつも感謝しています。

ホスピスケア講座 「ジャパンハート」の吉岡秀人先生をお迎えして

吉岡先生といっしょに。 今年も、NPO法人「周南いのちを考える会」では、5回シリーズで市民のためのホスピスケア講座を開催しています。

 去る16日に、第2回目を開催しました。今回の講師は、6年前にも、当講座に講師としてお越しいただいた吉岡秀人先生
2007-10-19 「国際医療奉仕団ジャパンハート」

 吉岡先生は、大分大学医学部卒業後、大阪、神奈川の救急病院などで勤務の後、1995年から1997年までミャンマーで活動。その後、岡山病院小児外科などを経て、2003年から再びミャンマーで医療活動をしておられます。

 2004年国際医療ボランティア団体「ジャパンハート」を立ち上げ、4人の医療者で医療支援活動を始められましたが、今では年間約400人の医療者がミャンマー、カンボジア、ラオスなどで活躍されるまでになったそうです。

来られた方は皆さん、衝撃を受けながら熱心に耳を傾けていらっしゃいました。 以前、テレビ放映されたビデオやスライドを使い、現在、海外で行われている医療活動や、日本での活動について紹介していただきました。

 ミャンマーやカンボジアで幼い命を救い続け、年間約2,000件の手術を行っておられますが、貧困が激しい国なので治療は全部無料で提供されているそうです。「重症の子どもが、手術で元気になり帰っていく」時が一番幸せだそうで、「苦労して医者になった甲斐があった」と実感されるそうです。

 また、ミャンマーの子ども達をエイズや人身売買から守る養育施設「DreamTrain」を運営しておられます。170名を越す子ども達が1日3食食べることができ、また寺子屋に通い、教育も受けられるようになったそうです。

 日本では2011年3月に発生した東日本大震災において、緊急医療支援活動を行い、500名余りの医療者やボランティアを被災地に派遣しておられます。12月には、宮城県石巻市に「NPO法人ジャパンハートこども・内科クリニック」(震災後に宮城県が公式に診療許可を出した、ただひとつのNPO法人による診療所)を開業し、現在も院長として医療支援活動を行っておられます。

 また、医師・看護師育成事業もおこなっておられますが、特に、医療の原点である「患者に寄り添う心」を再認識させるために、医療者の不足する離島や僻地に派遣しておられるそうです。

 最後に、「スマイルスマイルプロジェクト」について話されました。これは、小児がんの治療を頑張っている子どもたちに、楽しい旅行や思い出作りを医師・看護師がサポートして行うもので、楽しい思い出があれば、親はその後も生きていけることに気づき、このプロジェクトを立ち上げたそうです。このプロジェクトの特徴は、医師や看護師がサポートするので、病状が重くても安心して参加できることです。

吉岡先生と前川代表。「人のために全力を尽くす」お二人です。 そのきっかけは、前回の講演の後、前川代表が長男を亡くされた時のことを綴られた冊子『もっと一緒に遊びたかった』を読まれたことだそうです。そのことを聞き、前川代表はとても感慨深い様子でした。

 吉岡先生の活動内容は本当に多岐にわたっているので、紹介しきれませんが、とても優しく、思いやりがあり、常に患者や家族の立場でものを考えられる素晴らしい先生です。

 吉岡先生の心に賛同した多くの医療人が「ジャパンハート」(ホームページ)に所属し、へき地医療や、海外の過酷な環境での医療活動を終え、再び、国内のそれぞれの地域に帰って行かれる時には、きっと各人が素晴らしい医療人になっておられることと思います。

 半日でも時間が空けば、ミャンマーを拠点にしたから和歌山の自宅に帰られるそうですが、お身体にはくれぐれも気をつけていただいて、更なるご活躍を期待しています。

「淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院」へ見学に行きました

看板の前で。 建国記念日。朝、玄関に日の丸を掲揚した後、「周南いのちを考える会」のメンバー7名と一緒に、新幹線で大阪の「淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院」へ見学に行きました。

 病院には同行の岩国医療センターの皆さん4名が既に到着されていました。病院はお休みの日でしたが、副院長の池永昌之先生が、病院の概要を説明してくださった後、院内を丁寧にご案内してくださいました。
  
 淀川キリスト教病院は、1984年、日本で2番目のホスピスを設立されました。2012年11月1日、新病院移転後の旧分院(5階建て、120床)をリニューアルし、淀川キリスト教病院の一施設として、「淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院」を開設されました。

こどもホスピスの病室。とてもカラフルでかわいく、細やかな配慮をされたつくりの部屋です。 「家族・仲間とともに生きる癒しと希望の病院」の理念のもとに開設された日本初の医療型ホスピス・こどもホスピスです。小児がんや、進行性で難病の子どもたちの入院とレスパイト施設(一時預かり)になっています。15歳以下の子ども用として、12床のこどもホスピス病棟が2階につくられています。

 また4階には、末期がんなどで治癒の望めない人の身体的苦痛や精神的不安を緩和する成人用15床を備えています。

 元々、120床の病院をリニューアルしたものなので、院内はとても広い造りになっており、ゆとりの空間で付添いのご家族とゆっくりとした時間をとれるよう工夫されています。

各部屋やろうかはライトが優しく光っていました。 3階フロアにはイベントホール、シアタールーム、パーティールーム、茶室などの癒しの空間が設置されております。各病室の入り口や廊下には、和紙で作られたライトがあり、柔らかい光を放っていました。

 スタッフの15%がキリスト教の信者さんだそうですが、信仰の有無に関係なく、毎朝15分の礼拝が義務付けられています

 昼食は病院食(常食&職員用)をご馳走になりました。とても美味しく、付き添いの家族も、前日までに頼めばお願いできるそうですし、毎週土曜日は、リクエストメニューの日で、本人が希望する食事を頼めるとのことでした。 

ホスピスの中に教会があり、スタッフのみなさんも礼拝をされています。 「こどもホスピス」は、不採算であるけれど、将来、これをモデルとして広がっていくことを願っているとのことでした。独立型のホスピスなのでメリットも多く、例えば大きいペットでも入室が簡単であり、また、家族にも心身ともにくつろいでいただけるよう畳コーナーを備えた個室の整備など、色々な箇所に工夫と配慮がなされていました。

 さすがに日本で2番目の歴史あるホスピス!細やかな対応がされていました。池永先生には長時間にわたって説明をしていただき、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

「JA北海道厚生連 帯広厚生病院」を見学して②

スタッフの皆様と。お忙しい中、ありがとうございました! 「ようこそいらっしゃいました」と金元副部長さんと一緒に出迎えてくださったのは、がん相談支援センターのスタッフと看護師さんの3人です。

 相談支援センターの面談室で、病院の方針や毎日の相談内容について、がん患者サロンについて等、様々な角度から詳しくお話を聞かせていただきました。

 皆さん、とても優しい方で、患者さんのことを一生懸命サポートしようとされています。それぞれの豊富な経験を活かし、院内のスタッフの皆さんとの連携を取ることにも積極的で、その活動内容は驚くことがとても多かったです。一番驚いたのは、相談支援センターの直属の上司は院長先生だということかもしれません。

 患者さん(この病院に入院、通院している、いないに関わらず利用できる)からの電話相談には、がんに関する相談だけでなく、誰かに話したい・聞いて欲しいという内容もあるようで「よろず相談所」として受けておられるそうです。地域のいろいろな役割を抱えた総合病院ゆえの相談支援センターの任務かもしれません。

 また、地域医療連携室はセカンドオピニオン外来受診の申し込み窓口ともなっているそうです。セカンドオピニオンとは、患者が検査や治療を受けるに当たって主治医以外の医師に意見を求める行為です。

 主治医に「すべてを任せる」という従来の医師患者関係を脱して、「複数の専門家の意見を聞くことで、より適した治療法を患者自身が選択していくべき」と言う考え方に沿ったものです。

 医師によっては、セカンドピニオンの申し出を断ったり、嫌な顔をするケースもありますが、帯広厚生病院では、全ての医師が、セカンドオピニオンの申し出を快諾するのは当然のことだそうです。担当医が診断及び治療内容や今後の見通しについて意見判断を述べると共に、主治医宛に報告書を作成してくださるそうです。

 また、緩和ケア病棟はありませんが、緩和ケアチームの医師や看護師、薬剤師、臨床心理士などいろいろな職種の人が、カンファレンスを行いながら手厚いケアを行っているそうです。

 がん患者サロンは、立ち上げて3年目。できれば毎日でも開催したいけれども、今は月に1回開催。

地域連携室についての説明コーナーが外来の一角にありました。 また、退院の調整専門部署として退院調整看護師2名、転院調整看護師1名、ケースワーカー1名がおられ、がんの治療、急性の治療が終了し退院となる場合の退院・転院支援、または、在宅療養支援を行っておられます。

 地域の病院や診療所においても、同じ診療方針のもとに安全で質の高い医療を提供できるよう努力されているおかげで、住民からの信頼も高く、札幌への患者流出率は十勝地方が一番低いそうです。

 広い十勝地方の住民を守るために、マンパワー(医師・看護師等)の不足も厳しい現実ではあるけれど、数々の取り組みをしながら、医療と在宅ケアの充実を目指しておられる姿に感心しながらお話を聞かせていただき、帯広を後にしました。

 皆様大変お世話になり、ありがとうございました。

「JA北海道厚生連 帯広厚生病院」を見学して

帯広厚生病院の前にて。 ホスピス・在宅ケアの全国大会には、「周南いのちを考える会」の前川育代表と一緒に参加しました。彼女は大会の閉会式の後、
「明日は、この地域のがん拠点病院を見学したい
と旧知の大会実行委員の方に話されました。

 奇しくも大会の実行委員会のメンバーの中に、市内で唯一の地域がん診療連携拠点病院である「JA北海道厚生連 帯広厚生病院」の金本看護副部長さん(地域医療連携室長)がおられ、
「ぜひ、いらしてください」
と快くお引き受けをいただき、早速、翌朝、二人でお邪魔しました。

 帯広厚生病院は昭和20年に開設され、以来、帯広市はもとより十勝全体の住民の方々の健康を支えてこられました。鉄筋コンクリート、地下1階、地上7階建ての大きな病院です。現在、開設70周年の節目となる平成27年に、新病院の着工を目指しておられます。

 内科・呼吸器科・循環器科・消化器科・神経内科・小児科・外科・整形外科・リハビリテーション科・形成外科・脳神経外科・心臓血管外科・産婦人科・皮膚科・泌尿器科・耳鼻咽喉科・眼科・精神科・放射線科・麻酔科の20科があり、病床数は、748床。

 地域がん診療連携拠点病院だけでなく、救命救急センター・へき地中核病院・臨床研修指定病院・災害拠点病院・エイズ拠点病院・総合周産期母子医療センターなどの指定病院として、地域になくてはならない病院です。

大変きれいで開放的な、ホテルのようなロビーでした。 玄関を入ると、ドトールコーヒーショップが入っており、コーヒーのよい香りが漂ってきました。最近は、ホテルのような雰囲気の病院ロビーが増えてきています。ピアノの、優しい音色も流れていました。

 地域医療連携室は、玄関から右に行ったところにあり、金元副部長さんが優しい笑顔で出迎えてくださいました。

続く・・・

「第20回日本ホスピス・在宅ケア研究会とかち大会」⑦あなたの人生の閉じ方は?

抄録集表紙より。 今大会は、とても内容の濃いものでした。これまで記載してきたものの他、ノンフィクション作家柳田邦男さんの「命の尊さについて語る― 『物語を生きる人間』とケアの意味―」という基調講演や、北海道医療大学の川村三祈子先生の「ホスピス・緩和ケアにおける看護師の責任」という教育講演などを聞かせていただき、正に、勉強三昧の充実した日程でした。 

 医療を下支えするのは、各人の死生観や価値観だと思います。患者や家族、また、医療従事者だけでなく、広く市民が死の迎え方をしっかり考えることが、今、最も大切な事だと思います。

 この大会の内容を詳しく紹介したのもその思いからです。

 これを読んでくださった皆さま、ぜひ、ご自分の一生をいかに終えるか、考えてみてください

「第20回日本ホスピス・在宅ケア研究会とかち大会」⑥

内藤いづみ先生の基調講演 内藤いづみ先生の「いのちの歳時記在宅ホスピス医の宝石箱から、いのちの響きとともに」というタイトルの基調講演を聞きました。

 内藤先生は、昭和61年から7年間イギリスでホスピスの研修をされ、帰国後、地元、山梨県で「ふじ内科クリニック」を開業し、在宅ホスピスを始められました。午前中は一般の外来診療。午後は患者さんの家を往診。

 在宅で過ごされている末期がん患者さんへ緩和治療(ホスピスケア)をすることにより、患者さんが痛みもなく、充分に自分の暮らしと命に向き合えるようなサポートを続けておられます。

 先生は研修医時代に、積極的な治療から見放され、孤独に死を迎える末期がん患者さんのために何ができるか考えさせられたことがあり、そのことがきっかけとなって在宅ホスピス医の道を歩み始められたのだそうです。

 在宅ホスピスは、患者さんと家族が心を一つにし、「いのち」に向かい合う場であり、そこには「ありがとう」と「さようなら」が一つになる瞬間もあるそうです。

 産声を上げる時も、息を引きとる時も、互いの命を支えることができる社会を目指しておられる内藤先生は、この20年間で1000回を超える講演活動をされています。また、山梨県の教育委員長も歴任されるなど多彩な活動をされている方です。

 「周南いのちを考える会」の前川代表とはとても親しくお付き合いをされており、もちろん、以前、「周南いのちを考える会」主催の講演会とホスピスケア講座にお越しいただき、講演していただきました。

 ジョークを交えたお話ですが、笑いの中に、何度も涙する場面がありました。

 亡き夫の在宅で療養していた頃を思い出しながら、地域医療を考えて行くときに、在宅ホスピス医は絶対に欠かせない重要な存在だと強く感じました。

続く・・・

「第20回日本ホスピス・在宅ケア研究会とかち大会」⑤

ディスカッションではそれぞれの立場から意見交換を行いました。  菊谷先生の「あなたは口から食べられなくなったらどうしますか?」というテーマでお話を聞いた後、グループごとに分かれ、ディスカッションをしました。

 私のグループは医師、看護師、介護士、栄養士、一般市民の10名で、この問題に対しそれぞれの立場から発言しました。

 まず、家族の立場から
「病院食を食べることができない年老いた母は、体力も低下する一方だった。医師からは胃ろうを勧められ始めた頃、母が自ら『お餅が食べたい』と言った。病院からは『窒息したらいけないのでダメ!』と言われたが、ゆっくり見守りながら食べさせたら、問題なく食べることができた。しかも、驚いたことに、それ以後、食欲が出てきて体力が回復してきた。大好きな食べ物を見ることによって正常な「飲み込み」ができたのだと思う。身体は不思議です!」

 介護士の方から
「胃ろうは、患者によっては栄養を取るための必要な手段であるが、全員がそうでもないように思う」
延命措置としての胃ろうは、考えるべきだ」

 医師からは
「日本老年医学会で、高齢者医療を担う医師の2人に1人は、過去1年間に胃ろうなどの人工栄養を途中で中止したり、最初から差し控えたりしていたことが明らかになった。その理由は患者や家族からの希望だった」

「しかし、一方で、胃ろうをつくるかどうか、『家族で話し合って決めてください』と言っても、なかなか決めきれず、最後は『先生が決めてください。お願いします』という答えが返ってくる場合も多い」
等の意見が出ました。

 そして、グループの最終的なまとめとして、
「死はタブー視されているが、元気なうちに、日常の中で、自分の死にざまを決めることが必要だ」
「人は、枯れることによって死んでいく・・・このことを再認識するべきだ」
医療界から、この提言をするべきかも・・・」
となりました。

 私の義母も7年間、胃ろうで栄養を摂る生活をしていましたので、家族としての意見・自分の最期の迎え方について発言しました。やはり自分の最期については、しっかりと考え、家族へもきちんと伝えておくことが大切だと思います。

 普段の生活ではあまり語ることのできない内容でしたが、医療領域のプロの人たちが本音で語ることのできた大変有意義なシンポジウムでした。今後も、このことについては、積極的に国民全体で考えていくべきだと感じました。


続く・・・

「第20回日本ホスピス・在宅ケア研究会とかち大会」 ④

シンポジウム「あなたは口から食べられなくなったらどうしますか?」  大会2日目の午前中は「あなたは口から食べられなくなったらどうしますか?」という議題のシンポジウムに参加しました。

 講師は菊谷武先生(日本歯科大学臨床口腔機能学教授)。 司会は栂安秀樹先生(つぶやす歯科医院)。

 菊谷先生は、人間の体の不思議なメカニズムを、とてもわかりやすく説明された後、重たい提言をされました。

 「私たちは毎日、ものを食べる時に、食物を噛んで、飲みこむという動作を難なく、当たり前のようにしている。食物を飲み込む際には、いつも開いている気管が0.3秒で閉じるという反射機能があるから誤嚥や窒息がない。しかし、年をとれば、反射機能が落ち、気管がうまく閉じなくなるので誤嚥して肺炎になったり、窒息死したりする。
(*誤嚥<ごえん>…飲み込みの際に、食べ物などが食道ではなく気管に入ること。)

 人生50年の時代には、この点では何ら問題はなかったが、高齢化と共に、大きな問題となってきた。しかし、有効な訓練方法はないので、本人の能力を変えることはできない。患者の『食べたい』という本能に対し、とろみをつけて飲み込みやすくする、顎を引いて飲み込ませる、少量ずつ摂らせるなど、支える側に知恵と努力が必要

 現在の医療では、飲み込みができなくなった人には、経管栄養を始める。現在、新しく『胃ろう』をつくる人は、年間に20万人。継続的な患者は60万人いる。
(*経管栄養…口から食事が摂れないときに、鼻や胃ろうからチューブを入れて栄養を摂る方法。)
(*胃ろう…直接胃に流動食を入れるチューブを通すために、おなかにあける小さな穴。)


 なぜ胃ろうは増える?
 1)死は医療の敗北・・・医師として、1分でも長く生きさせる。
 2)病院から早く退院させるため。
 3)胃ろうをつくった場合その後はどうなるのか、医療側からの説明がなく、家族は簡単に受け入れている。

 施設入所者が食事を誤嚥し、肺炎を起こし病院へ送られた場合、胃ろうを造ることがよくあるが、施設に再入所できる可能性は低い(入所者の1-2割までと決められている場合が多い)ので、退院後、行き場がなくなる人も多い。また、本人にとっても経管栄養は不本意ではないのか?

 『食べるだけ食べて、食べられなくなったら人生は終わり』という形にギアチェンジをしていくこともあるのでは・・・・・・

 一旦、胃ろうを造り、経管栄養を始めると、止めることができない。周囲の疲弊、経済的問題など抱える課題は多い。家族の決定力も認められていない
という提言をされました。

 このシンポジウムは予定外の参加者があり、広い会場なのに、身動きが取れないくらいの人で溢れかえりました。

 参加者の皆さんはグループごとに別れ、先生の提言を受けて、ワークショップ形式の討論会を行いました。


続く・・・

「第20回日本ホスピス・在宅ケア研究会とかち大会」③

 山崎章郎先生の基調講演
ホスピスマインドを語り合う 在宅ホスピスケア7年―見えてきた課題と可能性

山崎先生と一緒に。以前から御縁があり、いのちを考える会などでも大変お世話になってます。 山崎先生には、これまでに「周南いのちを考える会」主催の講演会の講師としてお越しいただいております。また、数年前、ケアタウン小平クリニックの見学もさせていただきましたので、先生の取り組みの様子などは、お話を聞くだけで手に取るようにわかります。

 山崎先生は外科医として病院勤務の後、聖ヨハネ会桜町病院でホスピス医として多くの患者さんを看取られました。その後、施設ホスピスの経験を地域の中で活かしたいという思いから、医療と看護と介護によるケアタウン小平チームとして、在宅ホスピスケアに取り組まれています。

 既に7年が過ぎたそうですが、この間、チームが関わり、ケアタウン小平を中心とした半径3-4キロ圏内で亡くなった人の数は539名。そのうち在宅で看取られた方は400名全体の74%を占めているそうです。(残りの139名はホスピスを含む病院での死亡。)

山崎章郎先生の基調講演。「ホスピスマインドを語り合う。」 つまり、24時間対応の医療と看護を中心としたケアタウン小平のようなチームがあれば、また、最期まで家で過ごしたい、最後を家で迎えたいと患者が希望し、家族もその思いを支えようとするならば、在宅死の希望を叶えることはかなり可能なことが分かったそうです。

 在宅療養を断念して、病院に入院する理由の殆どは家族介護の限界です。介護保険やインフォーマルサービス(近隣や地域社会、民間やボランティアなどの非公式な援助活動)の充実があれば、もっと多くの人の在宅死は可能となります。

 宮崎の「母さんの家」のような「ホームホスピス」(賄い付きの下宿・後付けの看護介護サービス)が充実すれば、一人暮らしでも、地域で暮らし、そこで人生を終えることができるという理想的な人生の閉じ方のお話しでした。


続く・・・
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ふじいりつ子

Author:ふじいりつ子
山口県議会議員

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